京都大原記念病院グループリハビリスタッフのあんなことこんなこと

へんなこと

橋本

笑う

2020年8月14日(金)

ちょっとブログの間があきました。ご無沙汰しています。

 

梅雨が明けたと思ったら、全力で酷暑になった感じでしょうか。

夏バテとは無縁で、食欲減退なんて経験のない私ですが、最近体重がちょっとだけ減りました。

めげずに歩いているからでしょうか。

 

先日NHKのニュースで笑わない高齢者は声をあげて笑う高齢者より要介護度2以上になるリスクが1.4倍という研究結果(web   pdf)が名古屋大から発表されたそうだがや。

 

だから笑え!さもないと…と考えるのは短絡的で、「笑う」というのは結果で声をあげて笑えるという心身の状態こそが重要なんでしょう。

 

例えば歯痛の時に声をあげて笑う気分じゃないですよね。気分だけじゃなく実際笑う余裕もないと思います。そんな時に笑えと言っても笑えるはずもなく、仮に笑っても「心から」のはずもなく。

 

そういう意味で笑うこと自体よりも、そうできるだけの心身の状態が大事なわけです。

 

ですがまぁ笑える周りの環境と言うのも重要なわけで、周囲が暗く堅く重苦しい雰囲気の中で声をあげて笑うのはハードルが高いでしょう。

 

病気だから仕方がないのですが、患者さんや家族さんの重苦しい表情と言うのが苦手で、ちょっとくらい和ませられないかと若い頃は患者さんや家族さんに結構冗談を言っていたのですが、私の悪戯好きもあってかなり真顔で冗談を言うせいか、まぁ滑る、滑る。

 

家族「あの、うちのおばあちゃん、最近元気がないみたいなんですけど」

私「でしょう。なんか毎晩消灯になってからベッド抜け出して、朝方酒の匂いぷんぷんさせながら帰ってくるみたいですよ」

家「そうなんですか」

私「冗談なんですけど?」

家「え゛?」

 

家族「どのくらいまで良くなるんでしょうか」

私「そう言われましても、オリンピックなんて無理無理」

家「え!無理なんですか?」

私「む…(ここで冗談と言えば大変なことになる)」

 

当の患者さん本人は慣れているので傍らでけらけら笑ってましたが、私の真顔のせいか冗談とはわかりにくいようです。

いくら冗談でも相手を選ばないとえらいことになりますが。

 

この時期、呵々大笑は感染のリスクもあり云々と考えてるととてもじゃないけど、大笑いできる気分とは言い難く、ちょっとだけ要介護度が上がるリスクも高まるというわけで。

 

とりあえず吉本でも観ますか。

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へんなこと

遠藤

便利になって…

2020年7月28日(火)

紫陽花の次は、そろそろ百日紅の写真をと、いきたいところですが、

大原の百日紅はまだ咲き始めです。

 

今朝はこんな花が咲いていました。

写真を見たうちのスタッフが調べましたら、

赤い方は「檜扇」、ピンクの方が「夏水仙」のようです。

檜扇は見た目が平安の貴族が持っていた扇に似ているからという名前の由来らしいです。

夏水仙は名前の通り水仙に見えるのですが、実際にはヒガンバナの仲間だそうです。

 

 

 

 

 

 

 

最近はいろんな技術が進歩しています。

この花の名前を調べたスタッフは、私が印刷した写真をお昼休みにスマートフォンでパシャリと撮って、その写真で検索して調べていました。

本当にそれだけで、あっという間に花の名前にたどり着いていました。

 

昔は、植物や花の本で、咲く季節・葉の形・花の色などを基にあーでもない、こーでもない、この本には載っていないからこっちの本…と調べたのですが…。

ぜんぜん情報へのアクセスが違いますね。

 

ただ、インターネット上にはフェイクニュースと言われるような嘘、本にもできないような検証もされていない内容も、誰が書いたかもわからない内容が、さもこれが真実というような顔して載っています。

全く情報を知らないままインターネットの情報を見ている事のリスクもありますよね。

書籍を調べる時は、ある程度本になるぐらいの信頼度もありますし、その書籍を書いた人や団体が信用に足るかどうか判断して読めます。

 

大事なことは、今も書籍の方を出来る限り調べます。しかし、急ぎで調べるにはなんとインターネットって便利なんでしょう。

どんどん便利になってきています。

 

ふと、思いました。

ワープロが普及して、パソコンになって、仕事でも個人でもパソコンやタブレット、スマートフォンが普及しているいま、字を書かなくなって、漢字を忘れて書けなくなっている自分たちがいます。

でも、これからの子は、

こんどは本や辞書で調べることが出来なくなっていくのかもしれませんね。

 

便利になって、そのぶん出来ないことがちょっとずつ増えて…でも困らない世界になっていくのでしょうか?

障害者ができないことも、一般の健常者ができないことも同じぐらいになっていくのでしょうか?

そしたら、障害者って言葉も不要になりますね。

 

人類皆平等に寝たきり…動いているのはロボットばかり。

…SFですね。

へんなこと

橋本

once upon a time in Oohara

2020年7月14日(火)

”昔々なリハビリテーション部にはなかなかの強者がおってな。ツワモノと言うても20代半ばのおなごでな。ごくごく普通の子やったと思うんやがの。

 

その普通の子がある日単身理事長室に乗り込んでな。

「今度私の誕生日に飲みにつれていけ」と言ったそうな”

 

組織が小さいと、トップまでの距離も近いということですか。

上の話はリハビリテーション部自体も20名に満たない時期のことです。

今やリハビリだけで300名に及ぼうとする所帯になって私自身が若いスタッフから遠い存在の妖怪扱いですからねぇ…(まぁ関わったら面倒くさい存在なのは認めます)

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(さらに…)

へんなこと

橋本

テレワーク

2020年5月18日(月)

5/9のブログで係長が蹴上の躑躅の話を書いていましたが、私も昨年は嫁さんと一緒に見に行きました。

私は福岡は久留米の産でして、久留米と言えばタイヤと絣と躑躅(と焼き鳥とラーメン)です。私が住んでいたころは毎年ゴールデンウィークには近所の小頭町公園というところでつつじ祭りをやっていましたが、今はどうなっているんでしょうか。

 

うちの嫁さんは翻訳をしています。翻訳なんかはなから在宅ありきの仕事かと思っていたのですが、扱う文書によっては企業機密満載(こっそり聞いてみたら名だたるメーカー、企業がいくつも)なので、基本出社しての業務が殆どだったらしいのですが、このコロナ禍で3月頭から自宅待機になって、たまに来る仕事をちょちょっとこなすだけです。

 

その翻訳の仕事も翻訳家たちがやった業績をデータベース化して、ごく近い将来にはAIが取って代わる予定だとか(一部は取って代わっているとか)。

 

ですから嫁さんは自分の失業に向かってひたすら仕事をしていることになりますww

 

この騒動でテレワークと盛んに言われています。一方でテレワーク不可の仕事もあります。例えばこの医療なんかも基本テレワークは不可ですし(ほんの一部なら可能ですが)、それに付帯する業務もほとんどテレワーク不可です。宅配業とか他諸々労働集約型のサービス業なんかはテレワーク不可です。

 

一方でテレワーク可の仕事って基本的にはAIに取って代わられるような仕事ではないでしょうか。だってAIがコピー書いたり、小説も書けば、マンガも絵画も書く。作詞作曲もしてついでに美空ひばりの代わりに歌っちゃうという、人間の独壇場だったはずの創作・芸術活動でさえ可能になったんですから。

 

じゃあテレワーク不可の仕事は人間の仕事として残るのかっていうと生き残るのはやっぱり難しいんじゃないですかね。かなりの仕事がロボットにAIという脳みそをくっつけて働かせれば可能になりそうですから。

 

問題はそれが楽だとか、仕事がなくなるとか言うことではなくて、そういう生活が人間にとっていいのかということです。

 

つまりAIが作った文化芸術活動の成果に感動したりしなかったりでいいのかということ、AI+ロボットの提供するサービス(商品)に満足するとかしないとかでいいのか。

 

私たちがなぜ文学や絵画や音楽などの文化芸術に感動するかと言えば、その作品の素晴らしさもともかく、自分ではなかなかそこまで出来ないということを知っているからで、なぜ知っているかというと少なくとも小・中学校で経験したからで、経験したからこそ作品を生み出す大変さをわかっているから。

 

これからAIがやって行くってことになれば、その大変さを理解できないし(人間がやるという前提だからこそわかるのであって、AIの仕事という前提ではわからない)、感動の度合いも質も変容するでしょう。

 

いやいやいや、AIがやったとしても一部であって、やはり人間がやることが主だというなら、そもそもAIにやらせる意味があるのか。今みんなが「おぉ~」と言っているのは所詮キワモノ扱いでしかないのか。

 

ご承知のことと思いますが、「ありがとう」は「有難い」が元であって、その反対語は「当たり前」。当たり前でないことを人にしてもらう感謝の言葉が「ありがとう」。なかなか他人はそこまでしてくれないよという世の中において、してもらったから「ありがとう」。

 

脳みそ(AI)付きのロボットがやることが当たり前になって、人がやることがなくなればみんな楽になるのかもしれないけれど「ありがとう」もなくなる。言う人が居なくなる。おしまい感がするのは私だけですか?

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へんなこと

橋本

さう言えば

2020年5月11日(月)

相変わらず、大量に消費する病院にはマスクの安定供給のめどが立っていません(マスクだけじゃないですけど)。

 

でもネットを見ていたら、ぼちぼちマスクが出回りだした印象です。注文すれば即日とは言わないまでも、1週間、2週間も待てば手に入るようですし、値段も50枚¥1,980くらいまで下がっているものもあるようです。

 

ところで皆さんのお宅には届きました(〇ベ〇〇ス〇)?

まだの方も待っていれば、市中に十分出回る頃には届くはずですよ。

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へんなこと

橋本

こんなんあったら

2020年3月13日(金)

先週の土曜日(3/7)ですか、近所の川沿いの桜並木の桜が咲いてました(4分咲きくらい)。え゛と思いましたが間違いなく桜です。なんぼ暖冬だからと言って早すぎないかと思いましたが、咲いてしまったもんは仕方がない。

じゃあ嫁さんと毎年観に行く三井寺はどうかなとネットで調べてみたけれど、そちらは全然咲いてなかったようです。

 

今年はずいぶんと早い陽気ですけど、世間的には暗くなりがちです。

 

COVID-19(新型コロナウィルス)の騒動、なかなか収束(しゅうそく)しません。それどころか一昨日WHO(世界保健機構)が「パンデミック」宣言しちゃいました。なんだかなぁWHOのお仕事見てると「誰?」って思うときありますけど。

 

昨日のニュースを見ているとマスクも少量ながら店頭に並ぶようになったとか(すぐ売り切れるけど)、トイレットペーパーもどこの店頭にも並んでいるようです。

さすがにお湯を飲めば大丈夫なんて言うデマは引っ込んだようですけど、一方で名指しで感染者として個人名をネットで晒すなどということが(しかもデマ)各地で起きているようです。

こういうニュースを見ていると、要するに今日本はパニックなんだなと感じます。

 

これからどんなペースで感染者が増えるのか、いつ、どれほどのピークを迎えるのか、どう終息(しゅうそく)するのか、まだまだ見当もつきません(しゅうそく:一応使い分けています)。

最近ことあるごとに「早く終わんねぇかな」という言葉を耳にします。

 

SARS、風疹や麻疹、梅毒なんかも感染者が急増した折々で話題になりましたが、皆が感染症を警戒し怖れ騒がれる一因は感染源たる細菌やウィルスが肉眼では「見えない」というのが大きい(まぁ治療法が今のところこれといったものがなく、対症療法しかないというのが一番でしょうけど)。

 

見えれば避けることも可能ですから、感染症に対する不安をかなり払拭できるかなと。

 

今後、毒性の高い細菌やウィルスを日常的に可視化出来る技術ができないもんですかね。

特別なメガネをかけたら見えるとか、特定の光なんかを当てれば見えるとか。まぁドラえもんの世界ですけど。

ただそうなると潔癖症の人間なんか相当ストレスフルな生活になりそうですけど。

 

息を吸って吐いて、息を吸って吐いて、深呼吸をして、

とりあえず皆さん落ち着きませう。

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へんなこと

橋本

冷静って難しいかも

2020年2月26日(水)

今回の騒動(新型コロナウィルス)を受けてウィルスのことでもちょっと書いてみようかなと半分まで書きかけたところで、外出。

グループの診療所、医院を回ってスタッフと長々と話して帰宅したのが夜の九時。

さあ晩飯となったところで、嫁さんが自分のスマホを持ってきました。

 

画面にはLINEのやり取りが載っていたのですが、デマが広がる様子っていうのを初めて目の当たりにしましたね。

 

最初に「出来るだけたくさんの人に拡散してください」とあって、もはや古典的と言えるデマのテンプレ通りの書き出しから始まり、普通に考えればそんなことないやろうのウィルス対策が書き連ねてありました。

 

冷静であれば突っ込むところなんでしょうけど、誰一人として突っ込むことはなく、返事としては情報に対するお礼と他の方にもお伝えしますとありました。

 

嫁さんが気がついた時点で、検索をかけた時にはネット上のニュースでも明確に「デマ」と指摘されていたそうです。

 

行政やメディアが言う「冷静に」とはこういうことなんでしょうね(まぁメディアも冷静かどうか疑問に思うところがありますが)。

こういう不安な時期に、どんな情報であっても容易に飛びつくことがないように、というのが「冷静に」の意味するところでしょう。

 

「インチキ」と情報を一蹴しろとまでは言いませんが、一呼吸おいて真偽を確かめるほどの冷静さはいつも持ち合わせたいものです。

 

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へんなこと

橋本

暴言・暴論

2020年2月14日(金)

色々と話題に事欠かない昨今です。

 

今一番の話題は新型肺炎ですか。

クルーズ中に乗客から発症した「ダイヤモンド・プリンセス」号のニュースを見ていると映画「さすらいの航海」(web1    web2)を思い出しました。

ホロコーストは勿論やったドイツが一番悪いんですけど、少なくともキューバかアメリカが乗客を受け入れていれば、後々彼等だけは災難から免れることはできたわけです。歴史なので後知恵で云々することは容易ですけど、私のような浅学非才には理解不能な、でも明快な出来なかった理由があったということなんでしょう。

 

今回の話と80年前の話では共通するのが「受け容れられない船」というだけでそれ以外に共通点なんかないわけですが。

 

ま、それは置いといて3000人もの乗員・乗客を船に缶詰めにするしかなかったのかなと思います。連日船内で発症したという報道がある度に、それって船のような閉鎖空間に雪隠詰めにしたせいと考えてるのは私だけではないはずです。

 

今回の措置の是非は私にもよくわかりません。3000人を国内に入れることで、国内で患者が増えたかどうかはわからない。少なくとも船という気密性の高い狭い環境ではなく、もっと広い空間に小グループに分けて隔離していればこれほど乗員・乗客の中で感染者が増えることはなかったのかなと思います。

 

そうは言っても3000人もの人間を隔離できる場所が早々あるわけないというのが上陸させられなかった大きな理由の一つでしょうけど、色々考えてみたら都内に一か所だけ一度に3000人以上収容できる施設があったよなと思い至りました。

 

しかも2020年限定で。昨年、来年も存在しない施設。暴論ですけど東京オリンピックの選手村は完成して今しばらくはまるまる空いてるわけですから、使えないことはないと思うんですが、誰も言い出さないことを考えると諸事情でできないんでしょうね。

選手村は20数棟あるらしいので、状況に応じて乗客・乗員を分けることも可能だったわけで、少なくとも今ほど感染者を出すことはなかったのかなと(その分国内で広まるようなことになったらコトですけど)。

 

感染しているか、どうかわからない3000人をエイヤッと受け容れてよりよい環境で隔離するか、発症していない者はそのまま雪隠詰めにして、発症した感染者だけ200人足らず受け容れるか。どちらが日本にとってリスクが高いんでしょうか。

やっぱりどちらが良かったのか、私はよくわかりません。

 

しかも検疫官自身が感染するという格好悪さ。

専門家でさえ感染するという防疫体制の不十分さが受け入れられない理由としたほうが余程すっきりします。

 

でも為政者や行政の担当者は大変ですね。何をやっても上手くいかなかったところを叩かれるわけですから。

皆さんはどう思われますか。

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へんなこと

橋本

えらいことになってもうた

2019年10月31日(木)

先日のブログアップデートした時はさほど深刻でもなかったんですが。

 

アップする前日たまたま私の誕生日でした。ここのところ2~3週間どうにも目の調子がおかしいな、メガネが何となく合わないな、目が疲れるなとは思っていたのですが、夜いつもの日課で散歩に出るとどうも変だ。よくよく遠くの街の明かりを見つめていると、二重に見えていることに気が付きました。

 

目の違和感はこれか。さては乱視が進行したか。と思いました。

早速翌日には予約取ってなかったけどかかりつけの眼科に見てもらおうとしたら、即位の祝日に便乗して5連休中。

 

仕事を休んで休み明けに受診した時には、最初は遠くのものが二重に見えていただけが、2~3メートル先の物でも二重に見えるように。

 

かかりつけ医で色々と検査の後

医「まずいね」

私「まずいですか」

医「まずいよ」

 

ということで真向いの大病院へ。

またまた色々と検査の結果。「頭に異常なし。眼球を動かす神経か筋肉の問題。たまにある事。長くても九割は半年以内に治る。下手したら特殊なメガネで矯正か、手術」と言う有難いご神託をいただけました。

 

当初遠くのものが二重に見えるくらいだったので、私はてっきり乱視だと思っていたのですが、実際は「複視」でした。

 

とりあえず矯正可能ということでほっとしたものの、その有難い矯正方法も症状が落ち着いたらの話で、悪化か好転かしている状況では打つ手なし。

 

片目だけならとりあえずちゃんと見えるので、今こんな感じです。

勿論片目なので、遠近感もつかめず、危ないので先週からずっと車は運転せずに過ごしています。

歩くのもなれたところ以外、不安なのであまり出歩いていません。

 

50も半ばを過ぎるといろいろとありますが、まぁ不便この上ないです。

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へんなこと

橋本

福沢諭吉が泣いている

2019年10月21日(月)

なんかもうね、笑えました。

皆さんご存知かと思いますが、慶応大学アメリカンフットボール部不祥事のため活動自粛だそうです(web   pdf)。

記事によると教育的観点から不祥事の内容は非公表だとか。

 

慶応大学のお歴々や皆さんにもお聞きしたいのですが、不祥事の内容を教えずに何をどう学生に教育するのでしょうか?

いずれにしろそういう配慮は、ネットでの情報拡散で(不祥事の内容も、加害者、被害者の名前も晒されちゃってます)灰燼に帰す、となってます。

 

医療系の学校の先生方とは仕事柄勿論、それ以外の学校の先生方とも話す機会はありますが、教育機関だからとか教育的見地からとか言ってちょっとずれたことを言う人をときどき見かけます。

 

どういった内容か色々と差支えがあって出せない話ばかりですが、一つだけ。

 

10年ほど前ですがある大学の先生とお話ししていた時に、たまたまその学校で起きた不祥事の話になりました。

その学校ではつい最近盗難が2件ほどあったとか。

 

私「警察に届けたんですか?」

先「いいえ、そんなことしません」

私「何故です?」

先「うちは教育機関ですから(キリッ)」

私「はぁ」

 

その時は何か釈然としないながらも、教育とはそんなもんかなぁと思いつつ帰りましたが、風呂入ってる時になぜ納得できなかったのかわかりました。確かに教育では知識だけでなく、不適切な行動を断罪する前に物事の善悪、良し悪しを教えるべきだと言うのはわかります。

 

ですがね、大学ですよ。ということは最低でも学生は18を過ぎているわけですから、物事の善悪なんて遅くとも小中学校の義務教育レベルで理解しなきゃいかん話でしょう。それも難しい話ではなく「人の物を盗ってはいけない」というだけの話です。それが18過ぎてもわからないなら断罪すべきです。

 

いやいやそれでも教育機関だからと主張する人もいるでしょうけど。

 

例えば

大学であれば通常学生は18から22の間在籍している人がほとんどでしょうが、ほとんどであって、全部ではないわけで、30代、40代、50代(タレントの萩原欽一さんは70代で学生でしたね)の学生だっているわけです。

 

「教育機関」や、「教育的見地」という言葉を振り回す人は、仮に学内での窃盗の下手人がそういった人達であっても、まずは教育ということなんですかね。

 

またまた18歳と50歳では違うなんて言う人もいるんでしょうが、何も難しいことではないんです。先にも書いたように15歳までの義務教育レベルの話なんです。それが18でわからなければ、教育よりやったことの責任を取らせない限り、事の善悪や行動のの可否を正しく判断する人間にはならないんじゃないでしょうか。

 

皆さんはどう思われますか?

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