京都大原記念病院グループリハビリスタッフのあんなことこんなこと

へんなこと

橋本

common senseとはなんぞや

2020年10月06日(火)

今年は時期がちょっと遅いとテレビで言ってました。そうなんかぁと思いつつヒガンバナが今満開です。

新人の頃廊下を歩いていると、エレベーターの前に鉢植えが置いてあってそこにヒガンバナが植えてありました。

別に誰かが見舞いの品として鉢植えを持ち込んだものでなし、ヒガンバナであって菊の花でなし。

 

縁起としてどうか、判断つけがたいところですが、私としては「なし」です。

 

最近の若い人にはこういうことをてんで知らない人が増えているのも事実で、会話が進まないこともままあります。

 

験を担ぐだけでなく(という言葉も知らないかな)、言葉を知らないというか語彙(ごい:ボキャブラリーと書いた方がいいのか、それでもわからないか)が非常に少ない人が増えているように思います。

 

以前寿司屋で持ち帰りを注文しようとしたら「かっぱ巻き」「鉄火巻き」「助六」を知らない店員がいたのには驚きました。一般の人はともかく寿司屋なら知っとけよと思うのは無茶ですか?

 

別に寿司屋に限った話ではなくてうちの若い衆でも、「帰省先」の意味を知らなかったり、「左官」を知らなかったり、「二階建ての平屋」と言い放ったり、所謂「常識」の範囲が狭まってきているように感じます。

 

常識:健全な一般人が共通に持っている、または持つべき、普通の知識や思慮分別。

だそうです。

 

よく人によって常識は違うと言われますが、そうすると上に書いた定義には当てはまりません。ですので私はそれはそれとしてプラス「知っている人間の多寡にかかわらず、その人が知らなければ不利益を被ること」としてみました。

 

知っていれば得をするではなくて、知らないと損をすることであれば、他人が知ってようが知らなかろうが、その人にとって知っているべきこと→常識になるんじゃないかなぁと(勿論知り得るべき立場に全くないなら話は別です)。

 

いくら常識と言ってもその人にとって損にも得にもならないことは知る必要のないことでなかなか「常識」には成り難いでしょう。こういう場合不利益とか損には、人から笑われるとか侮られるとかそういうことも含んでいるつもりですが、これも人それぞれですから、そういうことさえなんとも思わない人からすれば「常識」の範囲は狭まるばかりです。

 

最近のトレンドを何も知らない私に嫁さんは呆れ気味です。

78914

20201006 1505

へんなこと

橋本

お久しぶりです

2020年9月16日(水)

忙しかったわけではなく、この時期職員向けの文書と外注の原稿依頼があったので、ブログの方まで文章を書く余裕がありませんでした。この間色々あってネタは豊富なんですけれども、鮮度の高い奴にしませうか。

 

一つ

今日大津市では小、中、高校が臨時で休みです。高3の我が息子も休みです。なんでも爆破予告のメールがあったとか。昨夜帰宅後に嫁さんからそう聞いて思わず息子がやったのかと聞き返してしまいましたww

 

悪戯なんでしょうけど、何のひねりもユーモアもないツマラナイ話です。

 

二つ

先週末の夜、いつも通りに自宅近くの何もない河川敷をプラプラ歩いていたら、何処からともなく声が聞こえるんですよ。私が歩くあたりは民家もなくて琵琶湖まで数百メートルも見通しが良くて、私が歩く時間帯にはジョギングの人と犬の散歩の人に1、2人行き交うぐらいで、滅多に人の声なんて聞こえないんですけど、聞こえるんですよ、女性の怒鳴り声が。

その時はさほど気にせず気分も良かったので、そこから5千歩先の公園まで足を延ばしました。

 

で2時間後に同じ場所に戻ってくると、まだ聞こえるんですよ。女性の怒鳴り声。遠くからなので何言ってるのかは全然分かりませんが、多分痴話喧嘩かなと。

 

更に30分ほどそのあたりを歩いてもまだ聞こえるので(大分間歇的になってましたが)、流石に気になって(勿論心配でと言うことではなく、野次馬根性で)注意深く耳をそばだててみたらどうやらその場から100メートル程離れた24時間営業のスーパーの駐車場あたりと見当がついたので、その日の締めくくりにと足を向けてみました。

 

居ましたね。検討つけたあたりの車の傍らに20代くらいの男女が。男女と言っても怒鳴っているのは女性の方だけで、男性の方は言われっぱなしと言う感じでしたが。近くまで行ってみても怒鳴り方が凄いのか、何言ってるのか全然分かりませんでしたが。刃傷沙汰にはなりそうもなく、時間も遅かったのでチラ見してさっさと帰りました。

 

何が凄いって私の知る限りでも2時間以上は怒鳴り続けのわけです。カラオケ好きな人(私は趣味じゃないですけど)ならわかるでしょうけど、1時間でも歌い続けるとなると相当な体力消費です。歌だけでも十分ですが、それに多少の振り付けも加えたりするなら時間相当のジョギング程度の運動効果はあります。

 

この状況は歌ではなく、怒鳴ってるわけですが、怒ってるわけですから当然それに伴い多少の振りもあったでしょうから、やっぱ相当のエアロビクス(有酸素的)な運動効果があったと見ています(少なくとも2時間くらいの)。

 

件の女性、多分1㌔くらいはやせたんじゃないでせうか。

 

自分で書いてて何ですが、本当にどうでもいいような話ですね…

もっと書きたいことあるんですけど、私のブログの常で無駄に長くなりそうなんで今回はこれくらいにしときます。

78453

20200916 1510

へんなこと

橋本

笑う

2020年8月14日(金)

ちょっとブログの間があきました。ご無沙汰しています。

 

梅雨が明けたと思ったら、全力で酷暑になった感じでしょうか。

夏バテとは無縁で、食欲減退なんて経験のない私ですが、最近体重がちょっとだけ減りました。

めげずに歩いているからでしょうか。

 

先日NHKのニュースで笑わない高齢者は声をあげて笑う高齢者より要介護度2以上になるリスクが1.4倍という研究結果(web   pdf)が名古屋大から発表されたそうだがや。

 

だから笑え!さもないと…と考えるのは短絡的で、「笑う」というのは結果で声をあげて笑えるという心身の状態こそが重要なんでしょう。

 

例えば歯痛の時に声をあげて笑う気分じゃないですよね。気分だけじゃなく実際笑う余裕もないと思います。そんな時に笑えと言っても笑えるはずもなく、仮に笑っても「心から」のはずもなく。

 

そういう意味で笑うこと自体よりも、そうできるだけの心身の状態が大事なわけです。

 

ですがまぁ笑える周りの環境と言うのも重要なわけで、周囲が暗く堅く重苦しい雰囲気の中で声をあげて笑うのはハードルが高いでしょう。

 

病気だから仕方がないのですが、患者さんや家族さんの重苦しい表情と言うのが苦手で、ちょっとくらい和ませられないかと若い頃は患者さんや家族さんに結構冗談を言っていたのですが、私の悪戯好きもあってかなり真顔で冗談を言うせいか、まぁ滑る、滑る。

 

家族「あの、うちのおばあちゃん、最近元気がないみたいなんですけど」

私「でしょう。なんか毎晩消灯になってからベッド抜け出して、朝方酒の匂いぷんぷんさせながら帰ってくるみたいですよ」

家「そうなんですか」

私「冗談なんですけど?」

家「え゛?」

 

家族「どのくらいまで良くなるんでしょうか」

私「そう言われましても、オリンピックなんて無理無理」

家「え!無理なんですか?」

私「む…(ここで冗談と言えば大変なことになる)」

 

当の患者さん本人は慣れているので傍らでけらけら笑ってましたが、私の真顔のせいか冗談とはわかりにくいようです。

いくら冗談でも相手を選ばないとえらいことになりますが。

 

この時期、呵々大笑は感染のリスクもあり云々と考えてるととてもじゃないけど、大笑いできる気分とは言い難く、ちょっとだけ要介護度が上がるリスクも高まるというわけで。

 

とりあえず吉本でも観ますか。

77493

20200814 1130

へんなこと

遠藤

便利になって…

2020年7月28日(火)

紫陽花の次は、そろそろ百日紅の写真をと、いきたいところですが、

大原の百日紅はまだ咲き始めです。

 

今朝はこんな花が咲いていました。

写真を見たうちのスタッフが調べましたら、

赤い方は「檜扇」、ピンクの方が「夏水仙」のようです。

檜扇は見た目が平安の貴族が持っていた扇に似ているからという名前の由来らしいです。

夏水仙は名前の通り水仙に見えるのですが、実際にはヒガンバナの仲間だそうです。

 

 

 

 

 

 

 

最近はいろんな技術が進歩しています。

この花の名前を調べたスタッフは、私が印刷した写真をお昼休みにスマートフォンでパシャリと撮って、その写真で検索して調べていました。

本当にそれだけで、あっという間に花の名前にたどり着いていました。

 

昔は、植物や花の本で、咲く季節・葉の形・花の色などを基にあーでもない、こーでもない、この本には載っていないからこっちの本…と調べたのですが…。

ぜんぜん情報へのアクセスが違いますね。

 

ただ、インターネット上にはフェイクニュースと言われるような嘘、本にもできないような検証もされていない内容も、誰が書いたかもわからない内容が、さもこれが真実というような顔して載っています。

全く情報を知らないままインターネットの情報を見ている事のリスクもありますよね。

書籍を調べる時は、ある程度本になるぐらいの信頼度もありますし、その書籍を書いた人や団体が信用に足るかどうか判断して読めます。

 

大事なことは、今も書籍の方を出来る限り調べます。しかし、急ぎで調べるにはなんとインターネットって便利なんでしょう。

どんどん便利になってきています。

 

ふと、思いました。

ワープロが普及して、パソコンになって、仕事でも個人でもパソコンやタブレット、スマートフォンが普及しているいま、字を書かなくなって、漢字を忘れて書けなくなっている自分たちがいます。

でも、これからの子は、

こんどは本や辞書で調べることが出来なくなっていくのかもしれませんね。

 

便利になって、そのぶん出来ないことがちょっとずつ増えて…でも困らない世界になっていくのでしょうか?

障害者ができないことも、一般の健常者ができないことも同じぐらいになっていくのでしょうか?

そしたら、障害者って言葉も不要になりますね。

 

人類皆平等に寝たきり…動いているのはロボットばかり。

…SFですね。

へんなこと

橋本

once upon a time in Oohara

2020年7月14日(火)

”昔々なリハビリテーション部にはなかなかの強者がおってな。ツワモノと言うても20代半ばのおなごでな。ごくごく普通の子やったと思うんやがの。

 

その普通の子がある日単身理事長室に乗り込んでな。

「今度私の誕生日に飲みにつれていけ」と言ったそうな”

 

組織が小さいと、トップまでの距離も近いということですか。

上の話はリハビリテーション部自体も20名に満たない時期のことです。

今やリハビリだけで300名に及ぼうとする所帯になって私自身が若いスタッフから遠い存在の妖怪扱いですからねぇ…(まぁ関わったら面倒くさい存在なのは認めます)

76590-76822 20200720 1100

20200714 0900

(さらに…)

へんなこと

橋本

テレワーク

2020年5月18日(月)

5/9のブログで係長が蹴上の躑躅の話を書いていましたが、私も昨年は嫁さんと一緒に見に行きました。

私は福岡は久留米の産でして、久留米と言えばタイヤと絣と躑躅(と焼き鳥とラーメン)です。私が住んでいたころは毎年ゴールデンウィークには近所の小頭町公園というところでつつじ祭りをやっていましたが、今はどうなっているんでしょうか。

 

うちの嫁さんは翻訳をしています。翻訳なんかはなから在宅ありきの仕事かと思っていたのですが、扱う文書によっては企業機密満載(こっそり聞いてみたら名だたるメーカー、企業がいくつも)なので、基本出社しての業務が殆どだったらしいのですが、このコロナ禍で3月頭から自宅待機になって、たまに来る仕事をちょちょっとこなすだけです。

 

その翻訳の仕事も翻訳家たちがやった業績をデータベース化して、ごく近い将来にはAIが取って代わる予定だとか(一部は取って代わっているとか)。

 

ですから嫁さんは自分の失業に向かってひたすら仕事をしていることになりますww

 

この騒動でテレワークと盛んに言われています。一方でテレワーク不可の仕事もあります。例えばこの医療なんかも基本テレワークは不可ですし(ほんの一部なら可能ですが)、それに付帯する業務もほとんどテレワーク不可です。宅配業とか他諸々労働集約型のサービス業なんかはテレワーク不可です。

 

一方でテレワーク可の仕事って基本的にはAIに取って代わられるような仕事ではないでしょうか。だってAIがコピー書いたり、小説も書けば、マンガも絵画も書く。作詞作曲もしてついでに美空ひばりの代わりに歌っちゃうという、人間の独壇場だったはずの創作・芸術活動でさえ可能になったんですから。

 

じゃあテレワーク不可の仕事は人間の仕事として残るのかっていうと生き残るのはやっぱり難しいんじゃないですかね。かなりの仕事がロボットにAIという脳みそをくっつけて働かせれば可能になりそうですから。

 

問題はそれが楽だとか、仕事がなくなるとか言うことではなくて、そういう生活が人間にとっていいのかということです。

 

つまりAIが作った文化芸術活動の成果に感動したりしなかったりでいいのかということ、AI+ロボットの提供するサービス(商品)に満足するとかしないとかでいいのか。

 

私たちがなぜ文学や絵画や音楽などの文化芸術に感動するかと言えば、その作品の素晴らしさもともかく、自分ではなかなかそこまで出来ないということを知っているからで、なぜ知っているかというと少なくとも小・中学校で経験したからで、経験したからこそ作品を生み出す大変さをわかっているから。

 

これからAIがやって行くってことになれば、その大変さを理解できないし(人間がやるという前提だからこそわかるのであって、AIの仕事という前提ではわからない)、感動の度合いも質も変容するでしょう。

 

いやいやいや、AIがやったとしても一部であって、やはり人間がやることが主だというなら、そもそもAIにやらせる意味があるのか。今みんなが「おぉ~」と言っているのは所詮キワモノ扱いでしかないのか。

 

ご承知のことと思いますが、「ありがとう」は「有難い」が元であって、その反対語は「当たり前」。当たり前でないことを人にしてもらう感謝の言葉が「ありがとう」。なかなか他人はそこまでしてくれないよという世の中において、してもらったから「ありがとう」。

 

脳みそ(AI)付きのロボットがやることが当たり前になって、人がやることがなくなればみんな楽になるのかもしれないけれど「ありがとう」もなくなる。言う人が居なくなる。おしまい感がするのは私だけですか?

74922

20200518 1430

へんなこと

橋本

さう言えば

2020年5月11日(月)

相変わらず、大量に消費する病院にはマスクの安定供給のめどが立っていません(マスクだけじゃないですけど)。

 

でもネットを見ていたら、ぼちぼちマスクが出回りだした印象です。注文すれば即日とは言わないまでも、1週間、2週間も待てば手に入るようですし、値段も50枚¥1,980くらいまで下がっているものもあるようです。

 

ところで皆さんのお宅には届きました(〇ベ〇〇ス〇)?

まだの方も待っていれば、市中に十分出回る頃には届くはずですよ。

74735

20200511 0925

へんなこと

橋本

こんなんあったら

2020年3月13日(金)

先週の土曜日(3/7)ですか、近所の川沿いの桜並木の桜が咲いてました(4分咲きくらい)。え゛と思いましたが間違いなく桜です。なんぼ暖冬だからと言って早すぎないかと思いましたが、咲いてしまったもんは仕方がない。

じゃあ嫁さんと毎年観に行く三井寺はどうかなとネットで調べてみたけれど、そちらは全然咲いてなかったようです。

 

今年はずいぶんと早い陽気ですけど、世間的には暗くなりがちです。

 

COVID-19(新型コロナウィルス)の騒動、なかなか収束(しゅうそく)しません。それどころか一昨日WHO(世界保健機構)が「パンデミック」宣言しちゃいました。なんだかなぁWHOのお仕事見てると「誰?」って思うときありますけど。

 

昨日のニュースを見ているとマスクも少量ながら店頭に並ぶようになったとか(すぐ売り切れるけど)、トイレットペーパーもどこの店頭にも並んでいるようです。

さすがにお湯を飲めば大丈夫なんて言うデマは引っ込んだようですけど、一方で名指しで感染者として個人名をネットで晒すなどということが(しかもデマ)各地で起きているようです。

こういうニュースを見ていると、要するに今日本はパニックなんだなと感じます。

 

これからどんなペースで感染者が増えるのか、いつ、どれほどのピークを迎えるのか、どう終息(しゅうそく)するのか、まだまだ見当もつきません(しゅうそく:一応使い分けています)。

最近ことあるごとに「早く終わんねぇかな」という言葉を耳にします。

 

SARS、風疹や麻疹、梅毒なんかも感染者が急増した折々で話題になりましたが、皆が感染症を警戒し怖れ騒がれる一因は感染源たる細菌やウィルスが肉眼では「見えない」というのが大きい(まぁ治療法が今のところこれといったものがなく、対症療法しかないというのが一番でしょうけど)。

 

見えれば避けることも可能ですから、感染症に対する不安をかなり払拭できるかなと。

 

今後、毒性の高い細菌やウィルスを日常的に可視化出来る技術ができないもんですかね。

特別なメガネをかけたら見えるとか、特定の光なんかを当てれば見えるとか。まぁドラえもんの世界ですけど。

ただそうなると潔癖症の人間なんか相当ストレスフルな生活になりそうですけど。

 

息を吸って吐いて、息を吸って吐いて、深呼吸をして、

とりあえず皆さん落ち着きませう。

73376

20200313 1050

 

へんなこと

橋本

冷静って難しいかも

2020年2月26日(水)

今回の騒動(新型コロナウィルス)を受けてウィルスのことでもちょっと書いてみようかなと半分まで書きかけたところで、外出。

グループの診療所、医院を回ってスタッフと長々と話して帰宅したのが夜の九時。

さあ晩飯となったところで、嫁さんが自分のスマホを持ってきました。

 

画面にはLINEのやり取りが載っていたのですが、デマが広がる様子っていうのを初めて目の当たりにしましたね。

 

最初に「出来るだけたくさんの人に拡散してください」とあって、もはや古典的と言えるデマのテンプレ通りの書き出しから始まり、普通に考えればそんなことないやろうのウィルス対策が書き連ねてありました。

 

冷静であれば突っ込むところなんでしょうけど、誰一人として突っ込むことはなく、返事としては情報に対するお礼と他の方にもお伝えしますとありました。

 

嫁さんが気がついた時点で、検索をかけた時にはネット上のニュースでも明確に「デマ」と指摘されていたそうです。

 

行政やメディアが言う「冷静に」とはこういうことなんでしょうね(まぁメディアも冷静かどうか疑問に思うところがありますが)。

こういう不安な時期に、どんな情報であっても容易に飛びつくことがないように、というのが「冷静に」の意味するところでしょう。

 

「インチキ」と情報を一蹴しろとまでは言いませんが、一呼吸おいて真偽を確かめるほどの冷静さはいつも持ち合わせたいものです。

 

73030

20200226 1200

へんなこと

橋本

暴言・暴論

2020年2月14日(金)

色々と話題に事欠かない昨今です。

 

今一番の話題は新型肺炎ですか。

クルーズ中に乗客から発症した「ダイヤモンド・プリンセス」号のニュースを見ていると映画「さすらいの航海」(web1    web2)を思い出しました。

ホロコーストは勿論やったドイツが一番悪いんですけど、少なくともキューバかアメリカが乗客を受け入れていれば、後々彼等だけは災難から免れることはできたわけです。歴史なので後知恵で云々することは容易ですけど、私のような浅学非才には理解不能な、でも明快な出来なかった理由があったということなんでしょう。

 

今回の話と80年前の話では共通するのが「受け容れられない船」というだけでそれ以外に共通点なんかないわけですが。

 

ま、それは置いといて3000人もの乗員・乗客を船に缶詰めにするしかなかったのかなと思います。連日船内で発症したという報道がある度に、それって船のような閉鎖空間に雪隠詰めにしたせいと考えてるのは私だけではないはずです。

 

今回の措置の是非は私にもよくわかりません。3000人を国内に入れることで、国内で患者が増えたかどうかはわからない。少なくとも船という気密性の高い狭い環境ではなく、もっと広い空間に小グループに分けて隔離していればこれほど乗員・乗客の中で感染者が増えることはなかったのかなと思います。

 

そうは言っても3000人もの人間を隔離できる場所が早々あるわけないというのが上陸させられなかった大きな理由の一つでしょうけど、色々考えてみたら都内に一か所だけ一度に3000人以上収容できる施設があったよなと思い至りました。

 

しかも2020年限定で。昨年、来年も存在しない施設。暴論ですけど東京オリンピックの選手村は完成して今しばらくはまるまる空いてるわけですから、使えないことはないと思うんですが、誰も言い出さないことを考えると諸事情でできないんでしょうね。

選手村は20数棟あるらしいので、状況に応じて乗客・乗員を分けることも可能だったわけで、少なくとも今ほど感染者を出すことはなかったのかなと(その分国内で広まるようなことになったらコトですけど)。

 

感染しているか、どうかわからない3000人をエイヤッと受け容れてよりよい環境で隔離するか、発症していない者はそのまま雪隠詰めにして、発症した感染者だけ200人足らず受け容れるか。どちらが日本にとってリスクが高いんでしょうか。

やっぱりどちらが良かったのか、私はよくわかりません。

 

しかも検疫官自身が感染するという格好悪さ。

専門家でさえ感染するという防疫体制の不十分さが受け入れられない理由としたほうが余程すっきりします。

 

でも為政者や行政の担当者は大変ですね。何をやっても上手くいかなかったところを叩かれるわけですから。

皆さんはどう思われますか。

72700

20200214 1450


ページトップ

カテゴリー

  • あんなこと
  • こんなこと
  • そんなこと
  • どんなこと
  • へんなこと

新着情報

カレンダー

2020年10月
« 9月    
 1234
567891011
12131415161718
19202122232425
262728293031  

アーカイブ

タグ