京都大原記念病院グループリハビリスタッフのあんなことこんなこと

あんなこと

橋本

自立(その2)

2022年11月01日(火)

十代の頃、一人暮らししたくて仕方ありませんでした。

理由は簡単で「親が五月蠅いし鬱陶しいから」

 

親が五月蠅くて鬱陶しいのは子のためとは理解していましたが、だからと言って子がすべてを許容できるはずもなく、我慢できなければ出て行くしかないのが世の習いと思っていました。

 

現代は親が五月蠅くもなく、鬱陶しくもないから、学校を卒業して働く事になっても実家から通うことに何の抵抗もないんでしょう。

 

「友達親子」というフレーズを耳にするようになって久しいですが、「友達親子」の間には五月蠅いことも鬱陶しいこともないだろうなと思います。

 

「友達」関係だから「躾」などと言うものは存在しないし、子に「自立」をさせるのは親の務めであって、「友達」は応援することはあっても、「務め」ではないから、本人がその気にならなければそのまま。

 

仕事から帰れば、上げ膳据え膳、風呂も沸いてて、掃除も行き届いている、その上親も五月蠅くないとなれば、居心地良いし、楽なんでしょう。

 

ここまで書いてみると「友達親子」と言うのがかなり歪なものではないかと思います。

 

友達親子とは子に親が対等な立場で接することとありましたが、親の庇護下にある以上対等であるわけがない。

友達は行いに意見はしても、社会のルールを強要したりはしません。学費を出したりしませんし、一方的に衣食住を提供したりはしません。何故なら友達はそんな責任は負いませんし、それを担うのは親子関係にある親だけです。

親が子供に責任を負う以上、対等な関係はありません。子供が大人なら話は別ですが、その代わり一方的な責任と言うものもありません。

 

対等でないのにさも対等であるかのように振舞うのは歪ではないでしょうか。

 

話が逸れました。

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私たちが相手にする患者さんは最終的に障害が残る残らないにかかわらず、退院後に一人暮らしと言う方も少なくありません。

 

毎年元旦のブログで繰り返し書いていますが、当グループのリハビリテーションの目的は

 

患者さんの自立

介護負担の軽減

安心の提供

です。

 

安心の提供とは患者さんが家に帰ったその日から「困った」がないようにすることです。

 

その患者さんですが、障害が残ったまま一人暮らしの家に帰る方も少なくありません。

 

帰ったその日から「困った」がないようにするには、退院前のシミュレーションが大事です。何が出来て、何が出来ないのか。出来ないことはどう解決しておくのか。

 

簡単なようでいて簡単ではない。一人暮らしの経験があっても難しいのに、経験がないと尚更に難しい。

1人暮らしの経験がない人は、朝起きてから夜寝るまでに何が必要か、具体的にわからないことが多いようです。

 

よしんば経験があっても想像力がないと何が困るのかさっぱりと言うことにもなりかねません。

 

昔、介護支援専門員(ケママネージャー)の講習会でケアプラン策定のワークショップで講師をやったことが一度だけあります(当時それくらい人手不足だったんでしょうね)。

受講生を一班7人ずつに分けて、各班で一人一人が勤務先のモデルケースをもとに作成したケアプラン発表して、意見を言い合うというやり方で、講師は各班を回って意見を出すという進め方でした。

 

一班、精々一人か二人分の話しか聞けなかったのですが、どこの班にも一人は必ず居室からトイレまでの移動が困難と言うケースがあって、対策は全員が全員訪問リハビリで居室からトイレまでの移動が出来るように歩行訓練する、でしたorz

 

別に間違いじゃありません。居室からトイレまでの移動が難しいから、出来るように訪問リハビリテーションを導入して、出来るように図る。

 

問題は出来るようになるまでトイレはどうするのか、と言うことです。

 

利用者さんに我慢させるのか、垂れ流しなのか…。

 

私がその点を指摘するとほとんどの人は固まってしまいました。2人ほどの人が「おむつで」「ポータブルトイレ」と果敢に反論を試みましたが、じゃそのおむつはいったい誰が日に何回交換するのか、家族にそれが可能なのか、ヘルパーなのか、ポータブルトイレの購入も、用を足した後の始末を誰がするのかもケアプランには組まれていない、いったいどうするつもりなのか。

 

「どうするつもりなのか」がケアプランなのにそれが一切示されていない。いきなり「困った」が出現するケアプランなわけです

 

1人暮らしと言うのは、家族と一緒の時と違って分担していたことや任せきりだったこと全部自分一人でこなすということです。

それが出来て自立した大人の条件の一つが揃うということかもしれません。誰かに任せている事、誰かがやっているかもしれない事は気が付きにくいし、想像がつきにくいものです。

 

一人暮らしに戻る患者さんと言うのは、当然のことながら入院以前も一人暮らしだったはずです。

そういう方たちがリハビリテーションが必要な病気、怪我と言うと脳卒中や転倒による骨折です。

以前にも書いたと思いますが、私は折に触れ担当セラピストに聞くようにしています。「その患者さんはどうやって病院まで行ったのか?」。大方は「救急車で」という間の抜けた返事が返ってきます。たまに答えられないまま固まる者がいます(質問の意図に気がついたが聞かれるまで考えたこともなかった)。極々偶に家族が、ご近所さんが「見つけて」と一人暮らしが「わかった」返事をするのがいます。

 

そりゃ急病や怪我なら救急車を呼ぶんでしょうが、一人暮らしの場合一体誰がどのような状況で救急車を呼んだのかは大事なことです。高齢者の場合は急病や怪我で身動きできなくなるリスクが非常に高いわけですから。

 

私が知っているケースでは最長一週間床に転がったままと言うのがありました。怪我はなかったけど便器と壁の間に挟まって四日間とか、転んだ拍子に頭を怪我して玄関で三日間とか。

 

どういう状況にしろ病院に行けたのだから、問題ないとずれたことを言う者も少なからずいました。

彼等にはそういう経験をした患者さんがもう一度一人暮らしに戻るということが、まったく理解できていないようです。

 

患者さんと家族は「もう一度同じことが起こったらどうしよう」という不安を抱えることになるわけですが、それを理解して解決しなければ、私共のリハビリテーションの目的「安心の提供」は達成できません。

 

こんなこともありました。随分前にあるセラピストから症例報告を受けていたのですが、身の周りのことは一通り出来るが、経済的問題で一人暮らしは難しいと聞きました。経済的問題とは何かと聞くと月々の年金+αが少ないからだそう。その少ない額とは一体いくらかと聞くと18万円。当時彼の手取りとそう変わらない金額の筈ですが、彼は一人暮らしは無理と考えたわけです。

給料が少なくて一人暮らしは無理だと主張する彼は親元で生活していました。

勿論彼の周りには同じ給料で一人暮らしをしている同僚が何人もいましたが。

 

一人暮らしをして、自分の収入だけでやりくりをしたことのない人間は、金額を聞いても患者さんの経済状態が理解できないわけです。

 

こんな具合ですから、まずは自分が自立できなきゃ、患者さんの自立支援など難しいでしょう。

 

あとちょっとだけ続きます。

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