京都大原記念病院グループリハビリスタッフのあんなことこんなこと

あんなこと

橋本

一言

2020年12月01日(火)

どうしても一言言いたいときって、自分が間違ってるなんて毛筋ほども疑ってないときじゃないですか?

 

一番危うい時ですよね。皆さんはどう思いますか?

80186

20201201 1145

そんなこと

橋本

Once upon a time in Oohara part2

2020年11月19日(木)

介護保険施行よりもずっと前、訪問看護の看護師さんから訪問先の利用者の電動介護ベッドが壊れて動かなくなったので、見に来てほしいとお願いされました。

 

私だってそうそう機械に詳しいわけでもないし、業者を呼んだ方が早いとは思いましたが、一応工具箱を持って利用者さんのお宅にお伺いしました。

 

で、いの一番に電源ランプがついていないことを確認し、コンセントに電動介護ベッドのプラグを差し込んで試しに動かしてみてから帰ってきました。

 

ま、そんなもんです。

79853 

20201119 1000

そんなこと

遠藤

紅葉

2020年11月18日(水)

寒くなってきましたが、

たまの暖かい日は散歩日和です。

 

大原も紅葉が色づきました。

写真は、先日「おおはら雅の郷」で撮りました。

 

ご自宅のまわりも銀杏や楓が色づいていませんか?

 

あんなこと

橋本

規則正しい生活(その2)

2020年11月06日(金)

先日何かで、通常健康な人間でも床に入って入眠するまでに15分はかかる。5分以内の入眠は気絶、と書いてあるのを読みました。

 

私はほぼ毎日毎晩気絶していることになりますww

 

体温計を脇にはさんだまま、血圧計を腕に巻いたまま、テレビ、電気スタンドはつけっぱなしで寝入ってしまうなど日常茶飯事。

要は疲れてるんでしょうね。歩く以外は疲れるようなことしてませんが。

 

30台までは寝つきが悪くて、床に入っても1~2時間は眠れないって言うのがざらでしたから、私としては気絶だろうが何だろうが、すぐに眠れるというのは有難いです。

 

若いスタッフと面談していると時折休日はどうしているのかとの質問がたまにあります。

 

何故そんなことを聞くのかと言うと、日頃仕事で疲れているので休みは何もせず家にじっとしているのだが、全然疲れが取れないということらしいです。

 

疲れるというのは脳みそに疲れたと感じさせる物質が体内に蓄積されるからで、その物質を除去するには代謝を促進するしかない。

代謝を促進するには適度な運動が必要。

 

したがって休日に疲れを解消しようと思うなら、家にこもるのではなく、少なくとも1時間程度の散歩でもして代謝を促進しないと解決しないようです。

 

それはともかく最近若いスタッフと直接話したり、管理者と話したりしていると、腹が減れば食べる、減らないなら食べない、疲れたら休む、疲れてないなら休まないという人が増えているように感じます。

 

なんだそんなの当たり前のことをやってるだけじゃないかと思う向きもあるでしょうが、そうじゃないと思います。

 

俗に「寝食を忘れて」という言葉があるように、「腹が減る、減らない」「疲れる、疲れない」には少なからず主観が入りがちで、例え我が事であってもあてにならないと思っています。

 

随分前ですが、仕事の合間に上司に言われたことがあります。「お前ここ1か月しんどそうだな」。それ言われるまで自分が疲れていることに気づきませんでした(この怠け者が寝食忘れて仕事に没頭していたわけでもないんですけど)。実のところしんどいとは思っていましたが、疲れているとは考えもしませんでした。

言われて何故かほっとして、さっさと休んだことを覚えています。

 

自分では疲れていない、腹が減っていないつもりでも、実際にはそうでないことも少なくないと思います。

 

だから例え腹が減ってなくとも決まった時間に何か口に入れる。疲れてなかろうが眠くなかろうが決まった時間に床に入るという習慣は大事ではなかろうかと。

 

今夏も酷暑でメディアでもよく言ってましたね。例え喉が渇いていなくても定期的に水分を摂るようにと。

 

最近体調を崩しやすいのは、本来頑健であるはずの若手スタッフです。色々と聞いていると朝食抜き、食事はコンビニ弁当ばかり、夜っぴてゲームをして過ごすとか。

規則正しい生活とは言い難い。

 

一度習慣からずれると1週間は尾を引く私とは違って、若い人はすぐにもリカバリーできるんでしょうけど、それでも不規則な生活のつけは少しずつ澱のように溜まっていくものです。

 

どれほど口酸っぱくして言っても、若い人は聞きませんけどね。

因みに「規則正しい生活(その1)」はここ。

79545

20201106 1030

こんなこと

遠藤

教育って難しい

2020年10月26日(月)

大人になってから思うこと。

いくつになっても、子どもの頃と考え方や思うことがあまり変わらない。

子どもの時の方が、いろいろ考えていたような、思いを巡らしていたような気がする。

※子供の頃より頭や心が固くなった?

子どものときは、大人になったらって思っていたが、実は、子どもの時から変わっていない。

 

でも、人生の経験の中で知識や物事を知っている量が増えている。

それでも、他の人が知っていて、自分が知らないことがいっぱいある。

 

だからだろうか、今の周りと自分の関係性は、

周囲にいる人は子供の時と違うけど、同じような関係性な気がする。

 

子どものときは自分が小さいからと思っていたが、

大人になって、身体が大きくなっても変わらない。って思います。

 

これは自分だけの事ではないだろうって思います。

大人になってから幼稚園や小学校の頃の同級生に合ったときに確信しました。

※みんな見かけは大きく大人になったけど、話してみるとあの時と変わらない。

だから、対人関係にしろ、教育にしろ、リハビリにしろ、この人を変えようって思うのはむりがある。

きっとその人と自分が快適に過ごすにはどうすればいいのか?

その人が成長するにはどういう状況になればいいのか?

その人の生活が向上するには何がどうなっていればいいのか?

そうすれば、その人はどうなるんだろう?

 

その人の性格や行動パターンを直接変えるではなく、

その人が自然と出来る状況を探すっていう視点が必要だって思います。

上手く行っていないのは、適応できていないから、適応するには

どう仕掛けたら、どう対応したら、どう…したらって、

その人のことや周りの人や物、環境のことを考えないといけないなあって思います。

 

だからこそ、スタッフ教育について、

「ティーチングではななくコーチングが必要なんだ」って

うちのリハビリ部の教育担当者が何年か前から言っているんだろうなあって、

ちょっと思うことがあった昨今です。

障害を持った利用者のリハビリよりも

健康なスタッフの教育の方が難しいなあって思う今日この頃です。

どんなこと

橋本

寄る波

2020年10月21日(水)

先週田舎の父親が散歩中、足の痛みで歩けなくなり救急車を要請。緊急入院になったと妹から電話がありました。

 

でちょうど週末だったので土日で帰省し見舞いにでも行くかと思ったものの、福岡市内の病院はどこも面会不可らしく断念。

 

幸か不幸か翌日には何とか歩ける様にもなったようで、昨日父が近々法事があると主治医に訴えると即日退院が決まりました。

 

早々と退院が決まったのは良しとしても、どうせなら色々と検査漬けになれば良かったのにと思う私は親不孝でしょうか。

 

私の父は昭和13年生まれです。病院にいる同世代の利用者さんと同じようなイメージを持っていたのですが、どうも違う。

 

昨年帰省した折、台所仕事をする父を見ていた(今は隠居しましたが寿司職人)のですが、現役時代と変わらずちょこまかと動く動くww

 

驚いたのは高さ50㎝ほどの椅子の上に手すりも何も持たずにひょいと上った時です。

恥ずかしながら当時私はダイエットの影響もあって全身の筋力が格段に落ちていた時期で階段の昇降にも手すりが必要でした。

 

そういうことを80過ぎの父がこともなげにやっているのを見ると、現役時代の仕事量、運動量の賜物ということでしょうか。

 

そうは言っても寄る年波には勝てず、一次的にでもヘルニアで入院と言うことにはなるのですが、鍛えてきた結果なのか早々に回復して退院ですからねぇ。

 

子供としては有難いようでもあり、一方でこういう時は少しはゆっくりしてもらった方が安心できる気もするんですけど。

 

年を経れば親も自分自身も衰えるのは当然としても、やはり子としては親が「老いた」事実を前にすると結構来るものがあります。

79204 79309 202010260950

20201021 1210

あんなこと

橋本

〇〇の自由

2020年10月14日(水)

前回常識の範囲が狭まると書きましたが「間違い」でした。間違いと言うか誤解のなきよう書くと、私の常識の範囲が狭まると言うことです。

古い世代の価値観での常識が常識でなくなり、若い世代の価値観で新しい常識ができる。新しい価値観についていけない人にとっては常識の範囲が狭まる。

 

話は変わりますが松本清張の短編に「空白の意匠」と言うのがあります。

書評では地方新聞と広告主(あるいは広告代理店)との力関係だとか、新聞社内部の社会部と営業部の考え方の違いだとか、報道の自由だとか色々と書かれていました。私は高校生の時分に読んだのですが、あまりの理不尽な結末に何かを読み間違えたかともう一度最初から読み返した覚えがあります(後年嫁さんも書棚にあるのを引っ張り出して読んでみて同じように読み返したそうです。興味ある方もいるやもしれませんのでネタバレもアラスジもなしで)。

 

高校生の私はこれを読んで社会に出れば理不尽なこともままあるという覚悟を持った覚えがありますが(それに耐えられるかどうかの自信は勿論なかったです)、幸い仕事においては勤め先が良かったのか、私が脳天気で馬鹿なのか、鈍感なのか理不尽な思いをした記憶はありません。

 

今学術会議の選に漏れた先生方は理不尽な思いをされているんでしょうか。通常問題なく選ばれるものが選ばれない、理由の説明も漠として具体的に自分に不適当な事情があったかどうかもわかりにくい、当事者からすれば理不尽な思いがあったかもしれません。

 

マスコミは言論・学問の自由の侵害だと喧しいですが、何からの自由を意図しているかにもよりますが、(お金と言う)ひもがついたものに自由なんかないのじゃないかなと思います。

 

言論と学問の自由を堅持しようと思うなら、お国からのお金は断って自前でやればいいだけです。

 

マスコミがそれを指摘しないのは、言えばそのまんま広告主の意向には逆らえない自分に返ってくるからでしょう。

 

人間が社会生活を営む以上諸々の制約が生じますし、義理人情も生まれます。諸々の制約を無視すれば犯罪者になりかねないし、義理人情を無視すればヒトデナシです。

 

それを自由のない窮屈と感じるのか、社会生活上必要なものと考えるのか。

 

義理人情は言い換えると「しがらみ」です。しがらみのない生き方と言うのは随分に魅力的に見えますがそれは自分一人に限っての話で、誰もがしがらみのない生活を送ろうとすれば随分と殺伐とした味気ない感じがするのは私だけでしょうか。

79055

20201014 0930

 

へんなこと

橋本

common senseとはなんぞや

2020年10月06日(火)

今年は時期がちょっと遅いとテレビで言ってました。そうなんかぁと思いつつヒガンバナが今満開です。

新人の頃廊下を歩いていると、エレベーターの前に鉢植えが置いてあってそこにヒガンバナが植えてありました。

別に誰かが見舞いの品として鉢植えを持ち込んだものでなし、ヒガンバナであって菊の花でなし。

 

縁起としてどうか、判断つけがたいところですが、私としては「なし」です。

 

最近の若い人にはこういうことをてんで知らない人が増えているのも事実で、会話が進まないこともままあります。

 

験を担ぐだけでなく(という言葉も知らないかな)、言葉を知らないというか語彙(ごい:ボキャブラリーと書いた方がいいのか、それでもわからないか)が非常に少ない人が増えているように思います。

 

以前寿司屋で持ち帰りを注文しようとしたら「かっぱ巻き」「鉄火巻き」「助六」を知らない店員がいたのには驚きました。一般の人はともかく寿司屋なら知っとけよと思うのは無茶ですか?

 

別に寿司屋に限った話ではなくてうちの若い衆でも、「帰省先」の意味を知らなかったり、「左官」を知らなかったり、「二階建ての平屋」と言い放ったり、所謂「常識」の範囲が狭まってきているように感じます。

 

常識:健全な一般人が共通に持っている、または持つべき、普通の知識や思慮分別。

だそうです。

 

よく人によって常識は違うと言われますが、そうすると上に書いた定義には当てはまりません。ですので私はそれはそれとしてプラス「知っている人間の多寡にかかわらず、その人が知らなければ不利益を被ること」としてみました。

 

知っていれば得をするではなくて、知らないと損をすることであれば、他人が知ってようが知らなかろうが、その人にとって知っているべきこと→常識になるんじゃないかなぁと(勿論知り得るべき立場に全くないなら話は別です)。

 

いくら常識と言ってもその人にとって損にも得にもならないことは知る必要のないことでなかなか「常識」には成り難いでしょう。こういう場合不利益とか損には、人から笑われるとか侮られるとかそういうことも含んでいるつもりですが、これも人それぞれですから、そういうことさえなんとも思わない人からすれば「常識」の範囲は狭まるばかりです。

 

最近のトレンドを何も知らない私に嫁さんは呆れ気味です。

78914

20201006 1505

こんなこと

遠藤

秋ですね

2020年10月03日(土)

満月が綺麗でした。

朝晩の気温がぐっと下がって参りました。

 

そして、咲いている花もコスモスもきれいですが、

大原では、ヒガンバナや金木犀も咲きました。

 

金木犀はそばを歩くと香りが漂ってきます。

でも、ご利用者様とお話をしていると、何人かはこの香りが嫌いだと言われます。

トイレの臭いだって言われます。

 

トイレの所に臭い消しですかね、植えていたことがよくあったようで、

イメージの中で、トイレと金木犀が結びついているそうです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リハビリでも、イメージはとっても重要ですし、時には動けない要因になったりします。

たとえば、腕をただ動かそうとしても難しいのに、コーヒーを飲もうと思うと腕が動いたりします。

たとえば、カチカチに緊張している腕をコンニャクになったとイメージするだけで少し柔らかく動かしやすくなる方がいたりします。

逆に、腕が痛かったことを思い出して、腕を動かそうとしたときに動くはずなのに、痛くないはずなのに思うように動かせないって人がいたりします。

そして、痛い痛いと思っていると、ちょっと動かしても痛いのに、何も気にしていないと痛み無くいつの間にか動かしているって方もいたりします。

 

だから、身体の動かすことを上手にするには、

体の動き作りと一緒に、体が動くイメージ作りもリハビリでは重要になる時があります。

失敗することがイメージで定着しているなら、

成功する体験と共に成功するイメージで上書きしていかないとってことですね。

皆さんも

成功体験とイメージを上書きできるように

リハビリしましょうね

 

あんなこと

橋本

もくてき

2020年9月29日(火)

真夏のころに比べると随分と過ごしやすくなりました。時候もよく過ごしやすくなったと言っても、以前のように気安く出かけるわけにもいかず歩いてばかりの毎日です。

 

息子がまだ小学校4年生の時、嫁さんが保護者代表の一人として校長室まで呼び出されたことがあります。

それは学校評価の結果についての説明だったそうで、嫁さんにしても、私にしても学校評価とは初耳でした。

なんでも子供たちが通う学校について、教員、保護者、児童・生徒それぞれの立場から評価するということらしいです(息子の通う学校だけのものか、地域だけのものか、全国的な取り組みかどうかは知りません)。

 

一通り説明を受けた後、嫁さん的にどうしても気になることがあり、それは4年生の児童の学校に対する評価だけ他の学年に比して異様に低いことでした。

 

それは嫁さんだけでなく他の保護者も同様だったようで、嫁含めて2,3人から同じ疑問が上がったそうです。

 

説明にあたっていた教頭先生は「小学校4年生の10歳と言うのは所謂ギャングエイジと言われていて云々」とわかりやすく説明してくれたそうですが、当然次の疑問がわいてきます。

 

小学4年生がギャングエイジでこうなったのなら、昨年の4年生(今年の5年生)は?、その前は?、毎年そうなのか?

 

まんま教頭先生に質問したところ「わかりません。(昨年のデータを)見ていません」。保護者全員呆れてしまって、他に質問もなく(後から保護者だけの立ち話で、聞いても無駄と皆思ったそうです)、早々にお開きになったとか。

 

教頭先生にしてこれですから。多分校長だか教育委員会だかにやれと言われたことをやっているだけで、その意味とか目的とか何も考えていなかったんでしょう。

 

先日医療系のホームページを色々と見ていたんですが、ある掲示板に卒後5年目の医師の相談が書いてありました。学会発表を行い、指導医から論文にするよう言われたが、何を書けばいいのかわからず、途方に暮れている。どうやって勉強して時間を作っているのか、だそうです。

 

何もなくていきなり「論文書けや」なら途方にもくれるでしょうが、この人の場合学会発表しているんです。何の発表かは知りませんが、何がしかの研究か、症例検討でしょう。

 

何にしても学会発表をしたということはデータと考察と結論を得られたわけです。と言うことはデータと考察と結論が発表において言いたいことであったはずで、論文とはデータと考察と結論こそが書きたいことになるはずなんですが。

 

学会発表にしても論文にしても、研究で臨床で、こんな結果が出た、思った通りになった、ならなかった、上手くいった、下手うっただから、これを参考にしてね。特にこの辺注意してねと言うことだと思います。

 

そう考えれば学会でも論文でも何をどう喋るのか、何をどう書くのか自ずと決まってくると思います。

 

それを何を書いたらいいかわからないとは、目的もわからず、何も考えず言われるがままに、やっただけいうようなことでしょう。

 

これって別に医師に限らず、先の教頭先生の話もそうですし、何をやればいいのかわからないという人や、ずれている人、やれと言われたことだけやって、やるべきことをやらない人に共通するのは、本人の責任かどうかは別にして「目的がわかっていない」ことが多いようです。

 

それで目的がよくわからないまま行動している人が増えているように私には思えるのですが、気のせいでせうか。

78730

20200929 1415


ページトップ

カテゴリー

  • あんなこと
  • こんなこと
  • そんなこと
  • どんなこと
  • へんなこと

新着情報

カレンダー

2020年12月
« 11月    
 123456
78910111213
14151617181920
21222324252627
28293031  

アーカイブ

タグ