京都大原記念病院グループリハビリスタッフのあんなことこんなこと

そんなこと

橋本

だいじなこと(その2)

2012年5月11日(金)

医師の仕事にとって一番大事なことは「診断」と若かりし頃聞きました。治療法と言うのは日進月歩の医療においてもある程度画一化されているものだから、診断(病名確定)さえすれば、匙加減は必要にしてもマニュアルに沿って治療していけばいいのだそうです。

ですが「診断」を誤ると当然せっかくの治療法も効果があるどころか、害になる可能性さえあるのですから、何より「診断」が大事と言うのも頷ける話です。

 

さて理学療法士、作業療法士や言語聴覚士等のセラピストの場合はどうか。

医師の言うところの「診断」に見合うセラピストの言葉は「評価」と言います。「診断」は病名の確定ですが、「評価」は身体状況(身体障害)の把握にとどまりません。何故なら医師は病名を確定し病気を治すなり、命を助けるのが目的ですが、セラピストの場合は障害を治すのが第一の目的ではなく、家庭復帰や職場復帰などの社会復帰が一番の目的です。

ですから、「評価」は患者さん(利用者)の身体状況だけでなく、これまでの生活状況や家族状況、就業状況等(簡単に書いていますが、結構沢山確認する必要があるんです)の社会的背景までも把握する必要があります。

その上で身体機能、能力や社会的能力における問題点を抽出し、解決策(プログラム:医師で言えば治療法となるんでしょうか)と目的(大雑把に言えば家に帰るとか、職場復帰するとか)を策定するまでが「評価」です。

そして「評価」を元に「訓練」(医師言うところの治療)をしていくのが、私たちの仕事です。

 

さて私は実際には患者さんの相手もほとんどしませんので、セラピストと言うよりもただの管理者に近いです。そんな私でも「評価」はしなくちゃなりません。勿論患者さんではなく、部下のですが。

今年3/30のブログ「なるのは簡単?」では資格取得と仕事を続ける事の大変さを比較しましたが、「評価を得る」というのも資格取得と同じで、その時だけ頑張ればとりあえず評価されますが、ひとたび得た高い評価はそれまでの行いに対してですから、次も同じようにしたとしてももうそれは評価されません。過去の「頑張った事」は今「出来る事」として評価されるわけです。「出来る事」になった以上、高い評価は望めません。

 

ですから前と同じように頑張っていても評価は変わらないか、下がっていくと言う事になりかねません。現役生活40余年を乗り切るには、100㍍走のような短距離ではなくマラソン同様の長距離走者としての頑張りが必要なようです。

ここ大事なところです。仕事でもリハビリでも介護でも、目先思いっきり頑張ってクリアできたとしても、後続かなければ意味ありません。何年も何年も続けられる程度の出力で、こつこつと積み重ねられなければいけません。

 

この続きはまたいずれ。

 

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