京都大原記念病院グループリハビリスタッフのあんなことこんなこと

へんなこと

遠藤

苦手だからって他に方法が…

2012年9月24日(月)

こう見えても私は人としゃべるのが苦手なので、
人と話すときに、しゃべりすぎるか?言葉を発しないか?
間が分からず、つい極端になります。
しゃべるのが苦手なので、基本黙って観察します。情報を探します。
でも、しゃべらないと伝えられません。
そんな中、最近は手紙だけでなく、携帯電話のメールなるものも登場し、
日にちをおかずにすぐに相手に伝える事ができるようになりました。
※メールが発達して、コミュニケーションをとるのが下手になっているのではないかと、
 社会的に言われたりもしていますが、そもそも苦手な人には便利なツールです。
 まあ、そんなに便利だからコミュニケーションが磨かれないのでしょうね。

 

見てのとおり、しゃべるのは苦手でも、文章を書くのならこうやってブログも書けます。

 

どんな事にでも、いろいろ手段があります。
何かが苦手だからといって全部をあきらめる必要はありません。
やり方や手段を変える事で解決したり、取り戻す事もできます。

 

私たちの仕事はアドバイスをする範囲が広いです。
自分が上手くできない事も、できる事もアドバイスします。
その中で、できるから見過ごす事も、できない事で気づく事もあります。

 

苦手なことをあきらめるのではなく、
解決する手段を試行錯誤するのもリハビリです。

 

入院中の患者さんは悩んで頑張って、
できることを増やして、やりたい事ができるようになって、
これからの生活が潤えっていけば、いいなと思っています。

 

できればリハビリをする中で、
そういうことを自分で解決するための力(すぐにあきらめずに…考えたり、相談したり、頑張ったり)を
皆さんにつけて欲しいと願っています。

 

リハビリは、
「きっと何かできるはず」
「きっと何か方法があるに違いない」
って、思う事からスタートです。

 

「次は自分で解決します」
が、ゴールです。

 

今できなくなった事を今すぐにあきらめないでください。

リハビリはその為にあるかもしれません。

へんなこと

土井

ごっこ遊び

2012年9月17日(月)

先日、休みの日にどこか出かけたいと子供にせがまれ、

甲子園のそばにある、子供が楽しみながら仕事をする施設に行きました。

一言で言うと、大掛かりに(入場料を含め)ごっこ遊びをさせてくれるのです。

子供たちが、仕事(というより作業)を体験できるよう、

係の人が、ほぼ直接的な誘導をしながら、関わっておられました。

わが子2人は消防、電車・・・いくつかの仕事(ごっこ遊び)を楽しんでいましたが、

そんな姿を見ながら、気が付いたことがありました。

 

いまどきの子って、ごっこ遊びをあまりしないなぁと。

(少なくとも、わが子とその周りでは、ほとんど見ない気がします)

しかも、

長男が小さい頃は電車が好きで、いろいろと連れて行ったせいか、

長男の電車の車掌姿はちょっとは板についていましたが、

わが子も含め、役に成り切っている子がとても少ないのが気になりました。

一昔前のごっこ遊びのほうが、子供たちにリアリティがあったように思います。

 

この施設に限らず、世に売られているおもちゃや、通信系の付録にありがちな教材は、

昔に比べて、リアルすぎるものも出てきていますが、

それを使って遊ぶ子供たちがリアルになるとは限らないようです。

まわりや大人がやっていることをごっこ遊びするにしても、

自分たちで、職業に興味を持ち、いろいろ観察し、それらしい素振りに気づき、

いろいろ工夫して準備して、設定を決めて、真似事をする・・・わけですが、

そんなことしなくても、なんとなくごっこ遊びが形になる時代なんでしょうか。

便利になった分、かえって創造力や観察力は必要ないのかもしれませんね。

 

どんな仕事でも、趣味でも、

「教えてもらうんじゃない、盗め」と職人気質に格好良く言いたいところですが、

見よう見まねで工夫して習得したり、自力で作り上げたり・・・といった作業が、

子供の頃から経験し難いような、そんなご時世なのかもしれません。

※1 「盗め」->「作業や物をそのままパクったりコピーすること」ではありません、念のため。

※2 時代・世代に関係なく、「盗め」ができるかどうかで雲泥の差があると感じます。

 

何でも、お膳立てがある時代の教育や指導の難しさを感じた一日でした。

へんなこと

岩崎

健康診断

2012年9月12日(水)

昨日、健康診断の結果が返って来ました。

持病以外は特に異常なし。

 ほっと致しました。

年齢にてホッとしたこともありますが(成人病の対象年齢ですので)、

生活が不規則ですので、やや心配しておりました。

特に、

周囲からは、もう若くないから遊びは程々にと再三言われておりましたので。

 

これで元気な証明が゙出来ると思いきや。

一言。

確かに異常はない。

でも年々数値がどちらかに傾き始めているね、と。

 

よく見ると、

2年前から比較すると、数値が徐々に危険ゾーンに入って参りました。

しまった。そこを見るとは・・・。

年齢と共に塩梅良い数値から傾き始めておりました。

 

確かに現在、異常はないものの、

この傾きを軽減すべき僅かながら努力しようと改めて思いました。

※元気で遊びや仕事をしたいですから。

 

この様に、健康診断は異常なし・ありではなく、

時に警告としても役立ちますね。

皆様、元気で生活するためにも健康診断は大切です。

まずは、私は手始めに何を改善致しましょうか。

※お野菜中心に少し改善致します。※

へんなこと

土井

ちゃんと確認していますか?

2012年9月11日(火)

最近は、キーレスエントリーやスマートキーがついた車が多くなりました。

そんな車で夫婦ともに運転するという知人から、こんなことを耳にしました。

知人が妻に駅まで車で送ってもらった日、

送ってもらう知人は自分の鞄に車の電子キーを入れていて、

送っていく妻は、自分の鞄に電子キーを入れっぱなしだからと、

(実は電子キーを忘れて)出発しようとしたところ、

車にエンジンは普通にかかり、

キーが無いことに気づかず運転できてしまったそうです。

しかも、夫をおろした後に電子キーがなくなっているのに気付かず、

自宅でエンジンを切るまでは走れたそうです。

たしかに、

いつも同じ鞄を持ち歩いている人なんかだと、

「たしか鞄に入っているから・・・・ドアが開いて、エンジンかかったから大丈夫」

って、電子キーを持っているかどうかすら確認しないのかもしれません。

キーが無いと困る・・・って意識が減り、探さない気持ちも分かります。

さて、

便利で、自動で、手ぶらで、は素晴らしいと思いますが、

作業そのものが無くなり、確認作業が廃れると、

「大丈夫」をしっかり判断しているとは言えないのではないでしょうか?

実際のところ、

体を動かしたり、耳や目の確認作業がないと、

人間の「注意する力」「気づく力」「勘」が働かなくなります。

 

先ほどの車の話も

そもそも

->車のキーを持たない人は、車に乗り運転できないように出来ている

でも

->キーを操作してドアを開けるのは、荷物があるとやりにくいから、電子キーになった

->いろんなメリットがあって、ボタンでエンジンかけるようになった

それに

->電子キーがないとドアは開かないし、エンジンもかからないはず

・・・・

電子キーが無いと全てが出来ない訳ですから、

ドアが開いたり、エンジンがかかるので、キーがあると認識したつもりだけど、

本当は、私ではない周りの誰かが持っているだけで、運転できてしまった・・・

という、

簡単にしたり、便利にする機能によって、人間の判断力が落ちているお話。

 

他の場合でも、

書類や物がちゃんとあるかどうか、

やることをきっちり済ませたかどうか、

自分のやっていることがルールや一般社会に合っているかどうか、

そんなことも、

自分の範囲でちゃんとやったり、確認しているつもりでも、

本来のあるべき書類や物、作業を知っていて、

それを今、形骸化・簡素化・効率化されていることを知っていなければ、

確認をしているとはいえないのです。

 

体をうまく動かせるようにリハビリをするときにも、

脳が再構築されて、身につけるには、

目や耳、その他感覚を使って、体の状況を感じて確認をしながら、

正しい動きを覚える事が大切です。

(するとしないとでは、かなり効果に違いがあります)

 

工事現場や電車で目にする「指差し確認」は、なにより効果的ということですね。

へんなこと

遠藤

寂しいのかな?

2012年9月09日(日)

子供を見ていると、分かる事があります。
あえて、おこられる事をする。
わざと注意を引きならがダメって言われる事をする。

 

行動分析っていう考え方があるんですが、そのなかでもそういう状況に対して、
おこるって関わりをすることで、
その人に報酬を与えている様な状況が起きている。
要は、おこられる事をする事で、
自分におこるって形で関わってもらえているっていうご褒美が与えられたって、
感覚になってしまう。

 

おこらず無視をする事も一つの手ですが、
他のかかわりをちゃんと持つ事が大事だと思います。

 

そういう意味で、一緒に遊びたいのに一緒に遊んであげていない事が、
悪さを見ている前でわざとする原因でもあるんだろうなって思います。

 

患者さんも同じです。
悪さをする方はすべてが、悪い事をしたいのではなくて、
悪い事をしないとなかなかかまって貰えない寂しさもあるんだと思います。

 

家の中でも、さびしくて、悪口言ったり、嫌がる事をしたり、
本当はもっと心地よい関係を作りたいのに、悪循環を作る方も多いと思います。
とくに、体や頭に病気を持つとどうしてもマイナスな方向に言動が向かいます。
そういう時はその部分では無い所で、気持ちをつなげたり開放したりしないといけないのでしょうね。
その為に、デイサービスを利用したり、お出かけや気分転換をするのが良いのだと思います。

そして、
介護をしていると介護が必要な時に声をかけて関わっているので、
逆に他のときには、わざわざ声をかけなかったりします。
でも、それでは本当の意味でコミュニケーションが取れていないのでしょう。
介護しているときしか会話が無ければ友達や家族としては物足りないでしょう。

必要だから声をかけたりするのではなく、
必要なくてもなんとなく声をかけたりするのが大事なんでしょうね。

 

会話って大事だと思います。

でも、私も苦手なんですよね…。

へんなこと

遠藤

常識ですか?

2012年9月08日(土)

常識って、日常の事だと思いますが、

若人と高齢者ではその日常の範囲が違ったりします。

私も若人のつもりですが、すでに一回り以上若い人も仕事に就いています。

 

簡単な所でいうと、男女関係なく、

トイレやお風呂が離れにあるってだけでも、実際にそんな生活をした事がない若人は山ほど居ます。

蓋を湯船に沈めて入るようなお風呂(五右衛門風呂)も使った事の無い若人は山ほど居ます。

羽釜を知らない若人も居ます。

着物を着たまま、一日過ごすって経験が無い若人も居ます。

当院のスタッフには少ないですが、一人暮らしをした事が無い若人も居ます。

 

ちょっと細かくいうと、

魚を三枚に下ろした事無い若人も居ます。

箒で畳を掃いた事が無い若人も居ます。

薪から火を起こした事が無い若人も居ます。

※ 聞いた話では、キャンプファイヤーしたり、飯ごうで米を炊くなどした事が無い大学生も多いようです。

 

他にも、何でもお店で買えるので、作ったりしなくなりました。

今は雑巾でもコンビニで買える時代です。

ボロを縫って雑巾にするのではなく、タオルが縫い合わされた雑巾を買ってくるのです。

とうとう生活上で、簡単な手縫いも、簡単なミシン縫いも必要なくなってしまいました。

 

こうやってみると、若人が何も知らない残念な人になってしまったようにも思えますが、

これは、

当たり前にしなくてはいけないと思っている事が、

当たり前ではなくなっているって事でもあります。

できなかったら不便な当たり前の事が、

他の便利な手段ができたから、できない事が当たり前になりつつ有ります。

これは、若人と高齢者が会話する中で、噛み合わなかったり驚いたりする所でも有ります。

世代によって常識が、あえてその勉強をしたりしないと知り得ない物に互いになっていたりするのです。

世代によって知っている曲や音楽が違うようにです。

言葉の違いを以前彼が書いてましたね。

 

入院して、日常の料理をできるようになりたいってことで、

今までの方法をそのままするには時間がかかりすぎたり、難しい所を補う為に、

電子レンジを初めて使う方もいらっしゃいます。

 

他人の生活にアドバイスする職種としては、

自分世代の常識だけに固着しないように頑張りたいと思います。

へんなこと

土井

意図は何だろう?

2012年9月06日(木)

今年の夏休みは、計画停電対策やピーク電力への貢献も兼ねて、

いろいろと先に決めていた予定があったこともあり、

学校の登校日を休ませたのですが、その日に夏休みの宿題を追加されたそうです。

そして、夏休み明けの日、登校日に来なかったので・・・と、

やっていない宿題として手渡され、やってくるようにいわれたそうです。

(伝え忘れたのか?と思いましたが、とくにそんな感じではなかったみたいです)

 

さて、普通の会社では、こんな報連相や対応では、信用失墜しますが、

そうは言っても、しなければいけない宿題なら、させないといけません。

そんな大事な宿題やったら、

夏休み中に連絡してくれたら、親が取りに行くのに・・・と思いながら、

内容を見ると、[エコなことをした絵日記]でした。

「えっ? エコなことなんて、言われないとそんなのやってたかな・・・・?」

と思って思い出しても、敢えて取り組んでいる姿は思い出せません。

 

「特殊な日記なんて、先言ってくれないと、大人だって無理やって・・・」

そんな風に思いながら、

夏休みにした(はずのない)エコなことについての絵日記を、

夜遅くまで、なんとか書こうとしている姿を見て、

作り話を書かせることに、本来の宿題の意図があったのだろうか・・・と、

複雑な気持ちになりましたが、

この絵本を作る作業には、きっと先生にしかわからない意味があるんでしょう。

一連の「なんじゃそら・・・」は、折を見て担任や校長に聞いてみます。

 

やるべきことは、やるべきタイミングにやらないと大変なことになる

伝達すべきことは、間に合うタイミングで伝達しないと大変なことになる

そんなことを、身につまされた出来事でした。

へんなこと

遠藤

これ買っちゃった

2012年9月04日(火)

今回は、テントなどで使うサーキュレーターです。
テントで使うサーキュレーターっていうのがあるんですね。

先日、クーラーボックスなどを探しに、アウトドアショップに行って、
展示されていたこれを見て、
また、一目惚れして買っちゃいました。

 ※後で調べるとこれ以外にもいくつかのメーカーで作ってるんですね。

 知らない物は、まだまだいっぱいありそうです。

 

このサーキュレーターは前が網目じゃありません。
物が挟まったりして羽に当たって危ないって思いますよね。
これがなんと、
羽をやわらかくする事で、あたっても痛くないし、力が弱いから羽のほうが回れずに止まります。
ちなみにうちの1歳数ヶ月の娘の指でも大丈夫でしたよ。
※本人は驚いて、しばらく尻込みして近づかなくなりました。
そして、音が静かです。側にいて気になりません。
扇風機ではないので、強い風ではありませんが、感動しました。
さらに、アウトドア用品ですから、電池や充電バッテリーで動きます。
残念な事は角度調整や首振り機能はありません。
そして、電池だと20時間以上もつようなんですが、バッテリーだと風を作れる時間が短い事ですね。
でも、良いんです。

 

現在、家で充電したバッテリーを毎日持って行って、
職場にあるデスクの足元に置いて使っております。
サーキュレーターがあると無いとではまったく違いますね。
そのうちテントで使いたいと思いますが、
今は職場で私のデスク仕事中の環境向上に役立っております。
※おかげで少し仕事がはかどるようになりました。

 

ちょっとしたランタン代わりに使えるようにライトもついているのですが、
そちらはテントでは使えるかな?

テントで使う前に壊さないようにしないとね。

 

久しぶりに自分にストライクなキワモノでした。

へんなこと

土井

退化しているのかもしれない

2012年9月01日(土)

私の父は団塊の世代に近く、もう定年は過ぎたのですが、

長く勤めた会社に再就職しています。

定年して、少し経った頃、

普段殆ど父と話すことのない私から、久しぶりに話しかけました。

「定年過ぎて、なんの仕事をしてるの?」と聞くと、

「技術指導員、普段たいした仕事は無い」とのこと。

「大手はすごいねぇ」と言うと、

「今は工場の殆どがコンピューター制御だけれども、

ちょっとでもトラブルがあったときに、

数値やマニュアルだけで判断して操作すると危ないから、

そんなときは少しくらいは役に立つ事があるんや」

とのことでした。

なんでも、

工場がコンピューター制御に切り替わる直前に、

プラントをコントロールする仕事をしていたそうです。

たしかに、私が小中学生の頃、

20時ぐらいに「ただいま」と帰ってきて、

夕食も食べ終わらないうちに工場から呼び出され、

たびたび工場へ戻っていたなぁと、思い出しました。

 

何でもかんでも自動制御され、簡単・正確・高速に出来る時代ですが、

その作業は、コンピューターの進化とともに、

机上の理論や知識だけでなく、職人の技術や経験を

コンピューターにうつしとるようにして作られたものが多いそうです。

ワンクリック、ワンプッシュの向こうには、

人間の叡智が詰まっているのですね。

 

周りには、ワンクリック・ワンプッシュなど、ワンアクションで操作できたり、

自動的に出来上がったり、魔法のようなグッズがたくさんあります。

そんなグッズを使うとき、

なにがどうなってそういう風になっているのか?

そして、何に気をつけなあかんのやろう?

そんな事をふと思う事があります。でも全く見当もつきません。

それに、

ワンアクションで操作する物なんて、

技術も経験も必要ないし、危機感もほとんど感じないし、

作った人以外は、何も考えなくても良いような物なのかもしれません。

そういえば、説明書に危ないと書いてなかったら、

使った人がどんなに不注意で乱暴でも、製造・販売した会社が謝罪してますね。

 

便利な機械が無いと出来ない、

教えてもらわないと出来ない、

リスクに気づく事が出来ない、

そんな便利さに囲まれた世代のために、

引退した人の経験が延々と必要になるのかと思うと、複雑な気持ちになります。

私も、ちゃんと本質を身に付けたいと思います。

へんなこと

土井

やってみて気づくこと

2012年8月19日(日)

約1年ほど前、出かけた先で妻と2人で食事を食べたときのこと。

どうしても、お肉腹であった私は、ステーキコースを食べました。

何年もナイフフォークで食べるような食事をしていなかったので、

「久しぶりやね」といいながら、

前菜やスープを食べはじめたまでは良かったのですが・・・

 

お肉とライスを食べはじめると、

どうも左手のフォークで口に運ぶ動作がやりにくい。

「なんか食べにくくない、このフォーク」と聞くと

「そう?」

「よく見ると、おしゃれな形やし、この微妙なカーブのせいかな?」

「手に馴染まないのかもね」

なんて話していました。

食べ進めると、

フォークの背にライスをのせるまでは良いのですが、

ライスを口に運ぼうとすると、落としてしまう。

かなり意識しないと、口に運べないのは・・・久しぶりやからか!?

 

と思っているうちに、

次第に左手に入る力が強くなってきて、手に違和感が出てきた

これって・・・・

ここでようやく、なんで食べにくいのかに合点が行きました。

数年前の脳梗塞(とっても軽い部類ですが)の影響だと。

病気の後、しばらくの間、何をするにも感じていた違和感でした。

発症後、

職業柄、どういう風にしたらうまく使えるようになるかを細かく考えて、

工夫やトレーニングをしていたので、

利き手ではない左手でも、さほど困らないくらいには問題をつぶしたつもりでしたが、

ナイフとフォークで食べる食事が、特別な手の動かし方だなんて、考えても無かったのです。

それに、ナイフとフォークで食べるのに必要な動作の中には、

「その手の使い方をさせないようにリハビリする」と教えられた動きがありました。

 

どんなことでも、実際やってみないとわからない・・・は正直な感想です。

トレーニングしてからリベンジしましたが、ちゃんと快適に食べられました。

快適に食べられると、よりいっそう美味しくいただけるのは不思議ですね。

 

しかし、箸を使う動作も難しいけど、ナイフとフォークやるな・・・


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