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根回し打合せ
2012年9月16日(日)
食欲の秋の話題が、ちらほら聞こえてくる時期となりました。
サンマ・クリ・リンゴ・ブドウなどなど
美味しい物への話が私の耳元には騒がしいほどに入ってきます。
※食いしん坊の私だからでしょうか?
また、この季節になりますと、行楽の秋を意識せずにいられません。
特に、この時期、遠足行事があります。
子供の頃、この遠足が楽しみでした。
特に、お弁当におやつについては根回しが基本。
お弁当は、
おにぎり・サンドイッチ・それとも・・・。
親に相談する前に友達と打合せ。
『どうする』 『何持ってくる』
『家はたぶん○○だろうな。』
『いいな。』 『家に言ってもダメだろうな。』
そうして、『○○ちゃん、お弁当○○にするって言ってたよ。』 『いいな。』
『あ、そう。家は家』
そんな話をした事を覚えています。
結局、お弁当の中身は『家は家』で、目的を果たすことが出来ませんでしたが、
当日、打合せ通り、友達とお弁当の中身を交換したりして問題を解消致しました。
おやつについて
※予算○○円まで。
友達と、『いつ買いに行く』 『どの店に買いに行く』 『何買う予定』
打合せをして、いざ出陣。
考えている所が同じで、全員集合の状態。
そのため、人気の商品は早く売れてしまうために、根回しがお役に立ちます。
『これ取っといたよ』と友達からの連絡。
そして、最後に。
予算オーバーが発覚。
予算内にするためには、これを諦める、これは欲しい、と選別作業。
そんな遠足の思い出ですが、
この様な些細な所から、根回し、打合せの勉強をしていたんでしょうね。
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「良い」+「良い」=「より良い」??
2012年9月13日(木)
昔、学生時代の物理の先生の話だったと思いますが、
たしか、万有引力とかのテーマで、
「ものは存在するだけで、他に影響を与えている」という話がありました。
そのときは、なぜ人は地球の上に立てるのか?という話題から、
引力や斥力などの説明があったと記憶していますが、その授業で、
どんなものの間にも、お互い引き合う力と反発しあう力があって、
バランスが取れるところで安定するという話だったと思います。
(そろそろ、難しくなってきたのでやめます)
ややこしい物理法則に限らず、
「風が吹いたら桶屋が儲かる」的な影響ぐらいはどんなことにもあるそうです。
特に意識しなくても、直接的に関係なくても、お互い影響されあってているということだそうです。
京都では、「鴨川等間隔の法則」があります。
三条~四条の間の鴨川の河原で座って話をしている人が、何故か等間隔に並ぶという法則ですが、
学生のころのいたずらで、等間隔のカップルとカップルの間の隙間に座ると、
(結構距離はあって、会話の内容がほとんど聞こえないぐらいの距離なのですが)
両サイドのカップルが両方とも直ぐにいなくなり、その後入ってこないことに感動したことがあります。
パーソナルスペースを考えると、それはそうだろうという意見もあるとおもいますが、
カフェやレストランではゆったりできるぐらいの距離ですので、
そんなに邪魔をしていない気がするのに影響を与えてしまうようです。
さて、
そんなことを含めて、皆がお互いに与え合っている影響ですが、
良いものを「効果・成果・親切」と呼び、悪いものを「副作用・代償・迷惑」 呼ぶそうです。
また、
同じように良かれと思っても、Aさんには良く、Bさんには悪いなんてこともありますよね。
そんな影響の良し悪しは、
人や環境、状態や状況、時間や季節、年齢や立場によって異なりますし、
影響しあう要素が増えれば、より複雑に絡み合っています。
鴨川等間隔だって、人が多い(飽和)しているときは等間隔ですが、
いつもちゃんと等間隔に並ぶわけではありません。
友達と座って休憩したいだけなら、多少狭くても気にならないし、
好きな人といい雰囲気になりたければ、相応に距離が欲しいし、
友達を騒ぎたいなら、距離をとったほうが気兼ねしないですよね。
また、居心地はともかく、居座ってしまえば、周りが距離をとろうとしますし、
どうしてもそこに座る理由があって座るなら、居心地も多少我慢できます。
少し話はそれますが、
これを解決するためにはこれ、これのためにはこれ・・・と
良いことを足し算するなど、特徴を純粋に捉えて判断する考え方があります。
例えば、「良いことを足し算する」とは
「良いもの」+「良いもの」=「とっても良いもの」と効果効能を捉えることです。
でも、本当は「○○という影響」があるだけで、
それはある人にとって良い影響であり、悪い影響を感じないだけであって、
良いこと以外にも影響があることがほとんどです。
例えば、腰痛などでコルセットをつけている人がいますが、
コルセットをつけると、おなかの力を入れない、入らない傾向の人が多くおられます。
ある種の腰痛を解決するには、おなかの筋力を鍛えることが効果的なことがあるのですが、
コルセットをつけているだけで、おなかに力を入れない習慣がつきやすくなるので、
いくら筋力トレーニングをしても、通常よりも筋力がつきにくくなることもよくあります。
この場合、コルセット(良)をつけながら、いくらトレーニング(良)をしても、
本人が思っている以上にトレーニングしないと、目に見える効果はえられません。
そういえば、昔知り合った人で、
日本好きで日本に住んでいるのに、母国語が荒れるからと
たとえ、日本語の意味がわかったとしても、母国語で会話される人が居られました。
それこそ足し算できる気もしますが、そんなことでも影響があるそうです。
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お弁当
2012年9月05日(水)
夏休みが終わり我が家にも日常が戻ってきました。
我が息子は工作や感想文以外の宿題は7月のうちに終わり、8月に入ってからは言われなければ机に向かうこともなく前後の区別がないくらい真っ黒になりました。
親は仕事に行き、子どもも学童保育に行くため、普段とそう変わらないはずなのに・・・
何故か長期の学校休校期間中は落ち着きません。
特に夏の暑い期間はお昼のお弁当にも気を使います。
冷蔵庫に置いておけるのなら安心ですが、100人近くの子ども達が通う学童保育ではそうはいきません。
傷みにくいもの、保冷剤で冷たくなっても美味しいもの、食べやすいもの・・・
お弁当作りが苦手な私にとって悩みの種です。
なので、夏休みが終わり給食が再開しホッとしています。
話は変わりますが、
これから、運動会のシーズンですね。
私が小学生の頃は、父が朝早くからゴザ(ビニールシート?)を持って場所取りに行っていました。
お昼になると、おにぎりやいなりずし、おかずがいっぱい入った重箱のお弁当を家族でわいわいと食べていたのを覚えています。
しかし、
最近の小学校は(一部の学校だけかもしれませんが・・・)運動会の昼食は教室でお弁当を食べています。
午前中の競技が終わった途端、あっという間に人気はなくなり、運動場に残ってお弁当を食べる人はほんの僅か・・・。
運動会はお弁当を食べることが目的ではありませんが、会話を楽しみながら食べることができる時間です。
毎年ひっそりとした運動場をみると少し寂しくなります。
食欲の秋。
食卓での会話を楽しみながら美味しいものを食べたいですね。
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あぁ暑かった…
2012年9月03日(月)
先週の金曜日(8/31)を境に来週の金曜日(9/14)までは出張のない日々が続きます。ささやかな小休止という感じです。
昨日は嫁さんから地元の温泉に行こうと誘われ行ってきました。湯に浸かり、昼寝をし、本を読むといった半日を過ごしましたが、ためしに体重計にのってみると、3kg.痩せてました。
あぁやっぱり結構ハードな出張だったんだ…体重計の数字をぼんやり見ながら、私を出張に駆り立てた誰かに感謝しました(誰って書くとまたいろいろ言われるから書きません。きっと神様とか仏様とか菩薩みたいな人です)。
思えば今年も随分と暑い夏でした(まだまだ残暑は厳しいですが)。出張中はアスファルトからの強烈な照り返しの中を歩く事もしばしばで、手拭が乾く間もありませんでした。普通これだけ炙られれば、食欲も無くしそうなもんですけど、今だかつて夏バテの経験のない私には無縁で、食欲絶好調といった感じでした。それでも痩せたんだから凄いですよね。
例年夏がこれだけ暑いと、在宅療養されている高齢者の方の脱水による入院が増えるのですけれど、今年は少なかったようです。もしやうちの病院の評判がと疑ったのですが、グループの訪問看護ステーションや診療所からの脱水による入院紹介も減ったようです。ここ数年の行政や医療機関の脱水や熱中症に対する啓蒙活動と、在宅医療機関(訪問診療や訪問看護etc.)の予防活動が功を奏したということでしょう。 なによりです。
次回私のブログは9/10です。
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訪問リハビリ
2012年9月02日(日)
室内で仕事をすることが多いため、昼食後外に出て見ました。
まだ日差しは強いものの、日陰に入り、ふと感じる事は風に爽やかさが残る季節なんだと改めて思いました。
そうして空を眺め、少し過去の事を振り返っておりました。
※訪問リハビリに勤務していた頃、日中お天とさんの下で働かさせて頂きました。
利用者の家から家へ、バイクで移動していましたので。
そのうち、だんだん首のだるさが・・・
※運動不足+年齢のため?
頭を下し、意識は現実に戻った所、
そうそう、訪問リハビリスタッフの顔を見る度、日に日に肌が黒くなってきたなと。
声をかける事は、『久しぶり』
『水分補給しているか?』
『体調は大丈夫か?』
『何か問題はあるか?』
そんな程度しか私には出来ませんが。
この時期の訪問リハビリでの苦労は、
夏バテにあせもとの戦い。
1人暮らしの方やお年寄りの方は暑いのを我慢され、
エアコンを付けておられず、今にもお互い脱水症状になりそうな事もありました。
逆にあまりにもエアコンが効きすぎて寒くてたまらない事もありました。
そうした中でしたので、温度変化に体が対応出来ず、疲れがいつしか溜まり
『夏バテ』でダウン。
運動をさせたり、したりしますので、こちらも汗が吹き出るわ。
タオルで汗を拭き取ったり、下着を替えたりもするのですが、
衣服が擦れて、そこから『あせも』になったりと。
こんな大変な事があるにも拘らず、何故か楽しい訪問リハビリの思い出です。
外で活躍されている皆様、まだまだ残暑厳しいですが、お体のケアをお忘れなく。
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感覚
2012年8月23日(木)
帰省して参りました。
帰省する前から地元の友達に電話連絡。
皆時間を都合して集合。
ちょっとした同窓会で楽しく過ごさせて頂きました。
みんな、気だけは若いものの、ヒゲに白髪が目立っていました。
あれやこれや話している内に、
久しぶりに鮎釣りしないか、と話になり次の日
竿を持って朝早くから喜んで出かけました。
※鮎釣りは15年ぶりです。
友釣りをしたのですが、何せ鮎の感覚を忘れてしまい、
鼻管ならびに仕掛けを作る事もできず大変でした。
※最後は友達に頼みました。あしからず。
いざ、釣り開始。
引きの感覚は判らないわ、鮎の縄張りにオトリを持って行くこともできないわ、手際が悪く釣れないわ、友達との差は広がるばかり。
焦るわ、オトリの鮎は弱っていくわ、コケで滑るわ、散々でした。
こんなにブランクがあるなんて・・・。
かなりナーバスになりました。
始める前は、それなりに自身はあったのです。
昔はかなり釣っていましたから。
休憩と理由を付けて放棄。
そのうち友達も休憩と理由を付けて戻ってくるや、
『昔はあの辺りでよく釣ったな』 川の特徴
『鮎の引きや当りは他の魚と違いこの様なあたりだな』鮎の性質
『友釣りの醍醐味はやはりここだな』友釣りの仕方
身振り手振りで教えてくれました。
※私のために、ありがたい話です。
とにかく試行錯誤しながら、竿から鮎が引く感覚や、その鮎のいる場所の感覚、友釣りの感覚を何となく思い出してきました。
全ての感覚は戻りませんでした(腕がおちたという事で)が、
もし1人で釣りをしていたならば、この感覚は戻らなかったのではないかと思います。
自ら感覚を戻す努力はしなければなりませんが、時には導いて頂く事も大切であると感じました。
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ブロガー紹介 課長の巻
2012年8月20日(月)
さてこの人です。
京都大原記念病院グループ リハビリテーション部の課長さんです。
彼は理学療法士ですが、理学療法、作業療法、言語聴覚療法すべてに睨みをきかせています。
実務面は部長より課長が取り仕切っているといっても過言ではありません(彼のおかげで部長は机の置物と化しています)。
理学療法士として腕も確かです。若かりし頃、単身ドイツへ技術の修業に行ったこともあります。
そんな優れものの課長さんの様ですが、彼には大きな欠点があります。
とにかく「話が長い」「話がわかりにくい」
新人だろうが誰であろうが、彼に話しかけるには時間的余裕を持っていないと、大変なことになります。
5分で済む話なら30分は時間的余裕がないといけません。
人事のK君は当直の飯にありつこうとしたときに、彼に捕まり3時間話し込まれ、食事は冷え切ったそうです。
朝の申し送りで彼がしゃべった後、若いスタッフが係長のところへ課長が何を言っていたのか確認しに行くこともままあるそうです。
ある学校の先生は彼のそういう特異な点を知らすに話したため、彼は気が狂ったのではないかと思ったそうです(2時間喋りっ放しだったらしい)。
彼の欠点はこれだけではありませんが、それを言うなら誰にでも欠点はあるし、それも一つや二つではないでしょう。私の持つ欠点だって彼に負けず劣らずあります。
そういう欠点を差し引いてもなお、課長は部長不在時にリハビリテーション部を任せるに足るだけの物を持っています(それを言うなら大なり小なりリハビリテーション部全員ですが)。
だから私も安心して各地の養成校へ就職説明会に行けると言うもんです。
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夏の思い出
2012年8月18日(土)
夏も後半になり、
こんがりと日焼けをした人も多くなったように思います。
といっても、
昔は黒々とした人ばかりだったと記憶しているのですが、
最近は、子供ですら真っ黒の子ばかりではないので、ちょっと寂しくもあります。
毎日遊び倒していた時代とは、だいぶん違うのでしょうね。
私は、生まれながらに日焼けしにくい体質で、
赤くなって、皮が剥けて、落ち着いた頃にしみやほくろが増えるだけでした。
暑さに強い方ではなかったので(今もですが)、
朝夕とプール以外は活動する気も起こらないもやしっ子の私は日焼け無し。
そんな私ですが、
18〜20歳の頃(学生でした)、真っ黒だった時期があり、
真っ黒な人を見るとその頃を思い出します。
18歳では、親戚の左官屋の誘いで、左官と大工手伝いのアルバイトをしていました。
19歳では、いとこの誘いで、土木関係(いわゆる土方)のアルバイトをしていました。
20歳では、知り合いのおっちゃんに薦められて、鳶職のアルバイトをしていました。
学校が夏休みに入ると、日曜日以外は全てそんなアルバイトばかり・・・、
夏が終わる頃には、暗がりでは誰か判らないくらい真っ黒になったのでした。
(夏休みが終わると、すぐ元に戻ってしまって、ホクロとシミだらけ・・・)
そもそも、
もやしっ子でしたので、建築関係なんて縁遠い生活をしていましたが、
もやしっ子なりに筋肉や皮膚が強くなったし、
いくら日焼けしない体質でも、真っ黒になるもんだ・・・なんて思っていました。
さて、この頃は、何の役に立つかなど考えず、
家や下水や工場やビルがどうやって出来るのか?を見るのが楽しくて、
そして、学生アルバイトにしては高額な、ほぼ一人前の日給を貰えるので、
がっつりとアルバイトをしていただけでした。
しかし、
リハビリ職種となった今、
図面が読めたり、工法がわかったり、法律的な制限に気づけたり、
職業の本筋と関係のないこの知識は、住宅改修や福祉用具選定で役に立っています。
各建築関係の職業の方といろいろ話したことが、特に役に立つのです。
リハビリという職種は、
「体が動くように・・・」「在宅復帰」「職業復帰」「社会復帰」を考える仕事です。
普段の自分の生活の中で全てのことは体験できないですし、
世の中には、教科書的な知識だけで解決するような仕事や活動は存在せず、
自分にとって、縁遠いような領域や業界の知識もかなり役立ちます。
リハビリ職種を目指す学生さんは、
学生時代という時間に余裕がある時期に、
様々なアルバイトや活動を通じて、幅広い体験をしておくことも勉強だと思いますよ。
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基準
2012年8月16日(木)
今日は京都五山の送り火です。地方から来た人は来てびっくりという感じになりますが、私自身京都に来るまで「大文字送り火」だけだと思ってました。他に「妙法」「左大文字」「鳥居形松明(要するに鳥居の形)」「舟形万灯篭(要するに船の形)」という送り火のバラエティがあるなどとは知りもしませんでした。
私がしっかり見たのは一度だけなんですけど、送り火が終わると夏も終わりに向かいだしたなって感じになります.。
また明日もある養成校で就職説明会です。今月はまだまだ説明会の予定があり、多くの学生と面談する事になると思います。
実習に来ている学生を評価する場合は、知識の有無や技量の巧拙で可、不可を決めるのではなく、将来(卒後)一緒に働きたいかどうかで決めろと実習指導者に言ってきました。
求人にあたっては一体何を採否の基準にしたらいいんでしょうか。学生の実習合否と同じでいいのか、違う基準なのか。そもそも学生の実習評価基準はそれでいいのか。先日8/13のブログ「病院の良し悪し」を書いた後、いろいろと考え込んだトム・クルーズです。
「病院の良し悪し」を自分自身が入院したい病院か否か、あるいは自分の親を入院させたい病院か否かで考えるとしたら、人(セラピストというか医療人)の採否も我が身や自分の親を任せられるに足る人物に将来なれる可能性があるか否か(長いね)と、いうことになるでしょうか。
これって…自分で考えといて言うのもなんですが、難しい選考基準になります。
採用面接どころか説明会で採否を悩んでも仕方ないんですけどね。
次の私のブログは8/20です。
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話せる
2012年8月12日(日)
話せる人について、少し考えて見ました。
きっかけは、久しぶりに里帰りされた同級生に遭いました。
その方とは、もう十年近く話した事はありません。
昔は互いに家に行ったり来たり、時には一緒に叱られたりする仲でした。
お互いにいろんな事があり、連絡を取り合う事も知らず知らず少なく、気付いたら十年も経っていました。
始めはお互い容姿の変貌にやや戸惑いながらも、昔の面影をたどる様な会話でした。
そのうち、相も変わらない互いの性格であったのが幸いか、知らず知らず話し込んでいました。
一瞬、感じたのです。
なぜ話せるのかな?と。
若い時は、
知った事、気付いた事、それを待たずして
すべてを話せることが出来る、その人への信頼であり、話せる人と思っていたと。
しかし、月日が経って
それは聞かない、話せない事。
知ってしまっても気付かないふりをしてあげること、
時に、そのタイミングときっかけを待ってあげる事。
すべて話せない事もある、それらすべてを互いに認めているからこそ信頼したのかも知れません。
だから、話せたのではないだろうか?と思いました。
時に人は深みのある時間を経験すると共に、信頼する内容までも成熟するのかもしれません。
その様になって本当に互いに話せる人になるのでしょうか。
私は試練と経験が少ない様で、
スタッフから話せる人になるには、まだまだ遠い道のりになりそうです。












