京都大原記念病院グループリハビリスタッフのあんなことこんなこと

あんなこと

高岡

つながり

2012年8月02日(木)

来週の週末,法事のため九州(福岡)に帰省します。

九州の中では都会と言われる福岡ですが、私の田舎は炭鉱節が有名なところです。

(現在は炭鉱も閉山した高齢化地区となっていますが・・・)

 

先日、田舎の母と電話で話しした時のこと。

隣組10数世帯ある中で90歳以上の方が5名もいらっしゃり、そのうち3人の方がお一人暮らしだそうです。

私の父母も70歳を越え5人の孫のおじいさん、おばあさんですが、隣組の中ではまだまだ若者です。

 

そんな母が、 数年前に体調を崩し、激痩せ(元々肥満体で20キロ近く痩せました!)してしまいました。

いわゆる廃用症候群になり、筋力・体力ともに低下した母が始めたのが散歩。

今では日課となり、毎日3~5キロ程度を「えっちら、こっちら」と近所の友達としゃべりながら歩いているそうです。

 

母は元々社交的でおしゃべり大好きなおばちゃん。

なので、一歩外へ出るとどこかに止まってはおしゃべりしてなかなか帰ってきません。

毎日の散歩も2時間以上かけて近所を歩き回っているそうです。

(歩いているのか、おしゃべりしているのか分かりませんね。)

 

そんなおしゃべりが高じて、近所に住む90歳以上の高齢者の方に声をかけながら歩いているそうです。

母曰く、「自分が小さい時からお世話になった親世代の方が元気かどうか確認に行ってる」とのこと。

いわゆる安否確認しながらの散歩。

 

最近では、母が来るのを待っている方もいらっしゃるようです。

無理せず、自分で出来ることを毎日続けている母。

これからも元気に続けて欲しいです。

こんなこと

高岡

チーム

2012年7月29日(日)

4年に1度の大イベント、オリンピックが始まりましたね。

昨日はお休みと言うこともあり、早朝からテレビに釘付けになり開会式を見ました。

このところの開会式は昔と違い、参加している選手もデシカメやスマホを手に思い思いに楽しんでいる姿がとても印象的でした。

今朝の時点で柔道、水泳、ウエイトリフティングの3種目でメダルを獲得。

日本選手の活躍から目が離せません。

 

ところで、

リハビリはスポーツと通じるところがあります。

スポーツ選手が一つでも多くの勝利を目指して頑張るのと同様に

リハビリをされている患者様は少しでも出来ることが増えるように、一日でも早く社会復帰出来るように頑張っていらっしゃいます。

時々「患者にも休みが欲しい」と言われることもありますが、限られた期間の中で患者様も一生懸命です。

 

だから、

当院では『監督:主治医』を筆頭に『コーチ、トレーナーであるリハビリ、看護・介護、MSWなど』がチームとして、患者様が息切れしたり、途中で脱落しないように身体面はもちろんのこと、精神面でもサポートしています。

このチームが強いチームになるように、コーチ、トレーナーである我々は知識や技術はもちろんのとこ、患者様のこれまでの生活、そしてこれからの生活を考えいく必要があり、これは各職種が統一した方向性を持って取り組むことでより強固なものとなります。

患者様がゴールテープを切れるよう我々もファイトです。

 

なでしこジャパンも決勝に進出しました。

暫くの間オリンピック観戦で寝不足の日が増えそうですね。

こんなこと

岩崎

職能体験

2012年7月27日(金)

小中学生ならびに高校生の皆様は夏休みに入られているかと思います。

リハビリを目指そうかどうか迷っている方、

この機会を利用して職能体験してみては如何でしょうか?

しなさい、やりなさい、など無理な事は言いません。

※先方の了解もございますので・・・。

 

私事ながら高校生の時、運が良く職能体験をさせて頂きました。

その時、『楽しいよ』『気楽よ』『面白いよ』と期待したのが大間違い。

その担当者はいきなり、

『安給料だよ』『体を使う仕事でしんどいよ』『楽しい事は僅かで、苦しい事が多いよ』

世間が思っているほど良いものじゃないよ。

その様にまずはお話され、いざ現場へ

日頃から見慣れていない風景がそこにはあり、硬直致しました。

 ベットに横たわっている方々を横目で見ていると、

『よそ見しない、直視して』と一喝。

 何とか無事に終わった時には、疲労困憊。

しかし、

そうした中で、こんな苦労があるんだな・あんな大変な事があるんだなと、

私の考えは浅はかでした。

この時から本気で考えてみようと思いました。

 

そうした事を経て現在に至っております。

その職業を知る事は、実際に体験してみる事も一つの方法です。

その中から将来の職業探しも良いものではないかと思います。

こんなこと

高岡

沖縄

2012年7月26日(木)

先週、夏バテ気味だったのが夏風邪に変わり

やっと元気になってきました。

 

今日、明日とこの部ログを書いているスタッフ(Nちゃん)の一人が就職説明会のため沖縄へ飛んでいます。

多くの説明会はうちのボスがショコタンを連れ立って回られていますが、移動手段が飛行機となってしまう沖縄はNちゃんの担当となっています。

(ボスは飛行機が嫌い!!)

で、今回の説明会もショコタンを連れ立って真夏の沖縄へ行っています。

沖縄の学生さん、京都大原記念病院があなたの学校の就職説明会に来ていたら、京都大原記念病院のブースへ話を聞きに行ってくださいね。『秋吉久美子似』のショコタンに会えますよ。

そして、、、

良いことも嫌なことも、いろんな話を聞いて、京都大原記念病院に魅力を感じたら見学に来てください。

(夏の京都は沖縄より暑いらしい・・・)

こんなこと

遠藤

歩く介助どうしてますか?

2012年7月25日(水)

介助方法にはそれぞれ理由があります

 

歩く時に両手を前から持って、引いてあげる方法は、よく見かけます。

これは介助者が先に立って歩き、進行方向に介助者がいる。介助者が見える、介助者を持っているという誘導しやすく、安心感が生まれる方法です。

例えば、子供や目がよく見えない方、行き先に不安が強い方には、比較的よく使われています。

ただ、この方法は介助者は既に両手で相手の両手を持っているため、相手がこける時に、支える事はできません。ですから、転けやすい方の介助にはあまりお勧めできません。

 

そして、

歩行練習中にリハビリスタッフは、患者さんの横や後ろから位置を変えたりしながら介助する事が多くなります。

これは、介助だけでなく、運動の操作もしている事が多く、同じ患者さんであってもする内容に合わせて立ち位置や、手で触れている位置が変わります。

 

歩く人を介助する時は、

介助の目的が誘導なら手を引いてあげる方法でも良いのですが、

目的が転けないようにとか、転けると危ないからだと、横からサポートするのが一般的ですね。

両足にあまり力が入らない人をなんとか歩かしてあげようという目的だったら、後ろから支えるのが良いかもしれません。

ほかにも、杖や歩行器など道具も検討するでしょう。

同じ歩く介助でも、その人の状態によって、その介助目的を達成しやすい方法を考えてすると互いに楽になります。

これは、歩く介助だけでなく、どんな介助にもいえる事です。

そのお手伝いも

リハビリスタッフはもちろんですが、それ以外の回復期リハビリテーション病棟やデイケア、デイサービスなどの看護・介護スタッフの仕事でもあります。

 

介助方法を担当の方にぜひご相談ください。

気づいていない何か良い方法が有るかもしれません。

もしその時思いつかなくても、一緒に考えてくれますよ。

 

自分一人で悩むより、そばにあるたくさんの知恵を使いましょう。

こんなこと

岩崎

スポーツ

2012年7月22日(日)

まもなく4年に1度のオリンピックが開催されます。

確か、7月27日(金)開会式は土用の丑

            ~8月12日(日)閉会式だったと思います。

徐々に周囲もオリンピックモードになって参りました。

私も4年に1度この期間は睡眠不足に悩まされおります。

何故だか判りませんが見入ってしまい、知らず知らずに朝を迎えてしまいます。

※皆様、遅刻に居眠りには十分注意致しましょう。

 

私も学生時にはスポーツに汗を流しておりました。

※今は健康のために僅かな運動程度であり、競技までに至るレベルではございません。

その頃は我武者羅でしたし、

一心不乱に取り組んでいた事を思い出します。

さすが本格的に取り組んでいるだけに怪我も絶えませんし、時には大きな怪我となる事があり、競技から戦線離脱しなければならない事もありました。

 

その様な事ですので、

指導者からは『黙って見ておけ』と言われ、その練習風景を毎日横目で見ながら

『休みたいな』と思いながらもお手伝いしていました。

心の中では悔しいく、ただ眺めている事がさらに不安に駆られたことは間違いありません。

やりきれない心から、時に泣いた事もありました。

 

復帰の際、指導者から一言 『学んだか?』とだけ。

この一言ですべてが繋がった様な気がしました。

この時だからこそ本当に学ぶ価値があるのだと。

 

時に耐え、忍ぶ事、つらく、苦しい事、ほど

人はそれをばねに成長する。

リハビリを受けられる方々も時に同じ所であるかも知れません。

こんなこと

橋本

恩師の言葉 その2

2012年7月09日(月)

高校時代にお世話になった先生の書道の作品で「黙如雷」というのがありました。

「沈黙は迅雷の如し」とでも言えばいいのでしょうか。黙っているから心のうちも静かとは限らない、逆に激しい感情の表れと見る人情の機微に触れた言葉の一つではないでしょうか。

 

最近文章の行間を読むどころか、マンガが読めない人が増えてきているそうです。コマとコマの間を頭の中で埋める事が出来ずにマンガさえ「難解」になっているということらしいです。

 

「行間を読む」や「コマ間を読む」ことが出来なければ、何事も額面どおり受け取ることになります。「黙如雷」などと考える人は少なくなってきて、さしずめ「騒如雷」か「黙如無」だとか、まぁそのまんまに受け取る単純な人が増えてくるんでしょうね。

 

そういう時代にあって「人情の機微に触れる」などというのは、絶滅危惧「概念」かもしれません。

 

言わなければわからない事もあります。一方で言わなくとも察してよと言うこともあります。どちらか一方で済ませられるものではないですし、成り立つものでもありません(私なんかには女心なんざ言って貰わにゃわかりませんし、死ぬまで察する事は出来ませんけどね)。

 

次回私のブログは7/13です。

こんなこと

土井

相手に伝わることって?

2012年7月07日(土)

先日、妻が長男坊の宿題をみていて、ちょっとしたことがありました。

妻「言葉の使い方が間違ってるよ」

子「どこ?」

妻「”ぜんぜん” という言葉のあとには ”〜ない” という使い方をしないとね」

子「そんなことないよ。全然あるとかみんな言うし・・・。」

妻「・・・」

私「日本語をちゃんと勉強していない人もいると思うけど、それは間違っているよ」

子「大人や先生だって、使ってるよ・・・」

私「普段使っている言葉は、面白おかしくそうやって使うことがあるけど、

ちゃんとした日本語では、間違っているよ」

子「?? う〜ん」

私「・・・・・・今はまあいいわ、そう思うんならそうしとき」

「父ちゃんや母ちゃんはそういう風に使わないから」

(一語一句同じではありませんが、こんな会話でした)

 

全然・・・・という言葉ですが、

手元の辞書では、[まったく、まるで]であり、

決して、良い印象をさらに強調する言葉ではありません。

全然大丈夫、全然いける、全然おいしい、全然かっこいい・・・

どれも「とても」という言葉以下でしかないと思うし、

ちゃんと使う人にとっては、悪い方しか指さないのですが、

新語を使う人や世代には、とってもいいこととして扱われるようです。

 

さて、最近身の回りにおこる様々なトラブルを考えてみると、

「言った言わない」にすらならないくらい、言った方がわからないことがあります。

一昔前に比べて、若い世代は本当にいい子・いい人が増えたと思うのですが、

そんないい人の褒め言葉ひとつでも、日本語の意味が変わっていることで

嫌みやマイナスイメージを与えてしまっているということなのかもしれません。

 

自分が言った言葉のニュアンスが、正しく伝わらないという悲しいことが

そこら中で起こっているのでしょうか?

 

変化し続ける言語には勢いがある・・・とも言いますが、

いくら日本語が柔軟といっても、

先生が使っちゃうと・・・・どうなんでしょう。

こんなこと

岩崎

検証

2012年7月06日(金)

疑問難問コーナーならぬQ&Aについてスタッフと有意義な時間を共有致しました。

事前にQ&Aを受付し、

後日、私のつたない経験を踏まえて話し合いました。

目新しい事など何一つ話す事無く、

なぜその様な考えに行きついたのか?を述べるに留める様、努めました。

いわゆる『統合と解釈』が答えならば、それに行き着いた訳や理由をお話しました。

『この問題に対して私はこの様な解き方をしました』を説明する形でしょうか。

ちまたでお見掛けする方法とは思います、

 

問題⇒答えを考える⇒解答をする⇒なぜ?その解答に至ったのか?説明する。

ここまでは、『あ、そう』で終わるかもしれませんので。

そのため、少し違い(手法)を考えてみました。

なぜ、その問題は作られたのか?

推理小説ならぬ探究心。

問題を作成したのはQ&Aコーナーに参加された方であり、逆に聞かれるとは思っても見なかった事でしょう。

問題の作成した理由は、困っているからこそ であるとは思います。

しかし、『困っている』は具体性が低く、

『何に困っているの』

『どんな時に困っているの』

『どうして困っているの』

行き着くところ『本当に困っているの』

を探っていくと、『やっぱり困っているんだ』となり

少しは記憶に残るようです。

逆もすることで、問題を出された方は、一通りの繋がりができた様子。

しかし、実際はどうなるのか?

今はわかりません。

更に検証を進めて行きたいです。

こんなこと

土井

安全神話?②

2012年6月30日(土)

在宅に退院される人に関わるとき、

出来るだけ安全な環境が用意できるよう、車いすや手すり、段差解消などなど、

いろいろとお話合させていただく機会があります。

このとき、よく話題になりますが、

バリアフリーが浸透してきていることもあって、

段差をなくしたい・・・手すりをつけたい・・・安全な道具を・・・

と、ご本人もご家族も担当も検討されています。

そして、少しでも安全にと、いろいろと手を入れられるケースがほとんどです。

 

この「少しでも安全に・・・」は大事なことなのですが、

体が不自由ではない人が考える安全性は、実態にそぐわないことも多くあります。

手すりは安全・安心だからと、多めに希望されるケースがありますが、

ご本人がぱっと触るところに無かったり、ご本人の希望する導線に無かったりして、

あとで、ほとんど使ってないとお聞きすることもあります。

そもそも、

年とともに身体機能の低下とともに、環境に順応することができにくくなるものですが、

今までの生活で、自宅内や常用している場所や身のこなし、歩数まで・・・

いろんなことを、感覚的に覚えているケースも少なくありません。

そんなケースでは、

中途半端な段差解消や導線変更、敷居用のスロープなどに順応できず、

リスクが高まるケースも多くあります。

(これって、元気な若い人でも模様替えの後とかで「お~っと」ってなることありますね)

また、

敷居ぐらいは跨げる人に「オールフラット」を提供してしまうと、

足を挙げない家の中での移動動作が身についてしまって、

次第に、数ミリ程度のところにも躓きやすくなることだってあります。

つまり、

安全のために配慮して、リフォーム・改造・導入したものが、

ご本人の危険回避につながらないことも少なくないのです。

 

できる限りの安全の事を最優先で考えると、

動作方法という名の行動制限をかけたり、改造したり、福祉用具を買ったり・・・

となってしまいますが、

ご本人の能力と安全性一辺倒ではなく、性格や行動、好み、慣れなどに配慮し、

「リスク」と「その人らしい生活」「安心して過ごせる環境」のバランスですので、

ケースバイケース、

じっくりと話し合う機会が重要だと思っています。


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