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金魚
2023年8月24日(木)
夜に妻と娘たちがお祭りの金魚すくいですくった
金魚を持って帰ってきました。
ならばと倉庫にいくと、はて?
倉庫にあったと思った水槽は…割れて廃棄していたみたいです。
妻がバケツに水をくんで持ってきました。
そちらに金魚たちは移ってもらい、身を隠すオブジェを沈めました。
さて、エサは…もちろんありませんので、
麩を子どもたちに渡して、つぶしてあげるように伝えました。
そして、そのまま玄関の軒下にバケツが置かれました。
このままだと、猫やカラスに食べられること必至なので、
網をかけてその日は終了です。
自分の子どもの時もこうやって金魚すくいの金魚を持って帰って
水槽が急には用意できないから、
親が出してきたバケツや洗面器に金魚を移したことを思い出しました
世話は最初自分でしていたけれど…そのうち母がしていたような…
そして
翌日は妻が休みだったのでエサを子どもたちと買ってきたようです。
これから、夏休みが終わって学校が始まりますが、
暫く金魚のエサやりも子どもたちの日課に加わるようです。
大人にとっては、たかが金魚すくいの金魚
子どもにとっては、自分がすくった大事な金魚
なんでも、その人その人に想いや価値があるはずです
大したことないことも、その人にとって大したことって、いっぱいありますもんね。
そんなことも思ったりしました。
金魚にエサをあげて、
楽しい気持ちでそのまま学校へ行けるといいな
夏休み最後、子どもにとっては大きなイベントだったに違いありません
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違うと思ふ。
2023年8月23日(水)
かの大学はなかなか不祥事が収まりませんね。
巷間では警察に届けるのが遅いとか、と思えば教育機関で安易に警察に届けるべきではないとか、議論があるようです。
お笑いの爆笑問題の太田光も大学が軽々しく警察に届けるべきではないとの持論があったようです。
20年ほど前ですがある養成校を訪問した時、学園長とそういう話題になったことがあります。その時の話題は薬物ではなく窃盗でしたが、その先生も警察には届けませんときっぱりと仰いました。
私は何故ですかと聞いたところ、「うちは教育機関ですから」ということでした。窃盗の事実を学生全員に告げて思い当たる者は名乗り出なくてもいいからこっそりでもいいから返せと訴えたそうです。その後無くなっていた物の一部は返却されたとのこと。
「そうですか」と言ったものの何か釈然としないまま学校を後にしました。
もやもやしたまま翌日帰路につき帰宅して湯船に今まさに入ろうとしているときにもやもやの原因に思い当たりました。
「教育機関ですから」という言葉には、警察に通報して任せるより、まずは下手人を教え諭すのが先ということでしょう。
私もその考えに基本的には賛成ですが、そもこの場合(窃盗)、大学や専門学校で教え諭すべきことなんでしょうか。
大学や専門学んでしょうか。学ぶべきことを学ばないまま世に出たということでしょうか。学校で教えるべき事柄というなら、もともと進学せずに社会に出た連中はどうなるんでしょうか?
勿論そんな訳はありません。本来大学や専門学校で教えるべきことじゃないというか、いい年した成人(18歳以上)に改めて教えるべきことじゃないと言うことです。
人の物を盗ってはいけない、人を傷つけてはいけない、人を騙してはいけない、法律に触れてはいけないなどという基本的なことは小学校、中学校の義務教育で学ぶべきことで、高校以上の高等教育でやるべきことではないと思います。
わかっていない学生がいるとしたら、それまでに学べなかった(最低18年間の教育の効果がなかった)わけですから、あらためて教え諭すのではなく、警察にお任せするのが妥当ではないかと思えます。
先ほども書いたように高校以上に進学せずに社会に出る者も多数いるわけですから、同じ年でも学生であると言うだけで悪いことやっても学内でシャンシャンでは不公平ではないかと思います。
それに学び直しで30代、40代、50代の学生も少なからずいる今のご時世です。
仮に下手人が彼らだった場合、やはり「教育機関だから」という理由で警察に通報は後回しなんでしょうか。
そんなこんな(枚挙に暇がなくなるくらいもっとツッコミ書けます)が「教育機関ですから」にもやもやした理由だったようです。
この件後日少しだけ続きを書きます。
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暑いですねぇ
2023年8月02日(水)
先日の休みにいつも通り、川の土手の上を歩いていたら、向こうからすごい勢いで突進してくるゴールデンレトリーバーがいました。
飼い主がしっかりリードを掴んでいるんですが、すごくガタイもいいので飼い主は引きずられる感じ。
お、お、と思わず立ち止まって身構えたら、私の手前10メートルほどのところで急に進路変更して土手の上から川につながる階段を一気に駆け下りていきました。
そのままの勢いで川に飛び込むと泳がないで(水深30㎝もない)、首まで浸かってじっとしている犬と、水に浸かるわけにもいかず傍らで汗流している飼い主。
私が子供の頃は「ビニールプール」なるものはその存在さえ知らず、ブリキの盥か浴槽に水を張って「行水」をしていました。
小学校に上がってからは夏休みの間中可能な限り学校のプールに通ったものです(自宅にエアコンというかクーラーがない家がほとんどでした)。
連日熱中症関連のニュースを見たり聞いたりしていると、行水しないのかなぁ、出来ないのか、知らないのかと呑気なことを思ってしまいます。
学生の頃や就職して数年はエアコンもなくて扇風機だけの生活でしたから、行水で乗り切ってました。
夏場は風呂でも湯を沸かしたことがなくて、水をためて浸かるだけでした。
文字通り「カラスの行水」だと、一瞬血管が収縮してその後反射的に血管が拡張して血流が増大して余計に暑くなりますが、水風呂に浸かって体をしっかり冷やすと、寝苦しい夜でも入眠は結構スムーズでした。
(最近、「水」は刺激が強いので私はぬる~~~~い湯に浸かっています)
今はエアコン完備のアパートも当たり前にはなっていますが、あっても使わなければ意味がありません。さはさりながら光熱費が随分と高くなって使い辛くなっているのも事実なので「行水」も一つの方法だとは思います。
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何年振りでしょうか
2023年7月20日(木)
昨夜、カブトムシの様子を見に自宅の軒下へ行くと、
窓に立てかけた たてすに
クマゼミが脱皮していました。
脱皮したての真っ白なクマゼミを見ることができました。
今朝、抜け殻だけが残っていました。
無事に飛び立ったようです。
昼間に鳴いたり飛んだりしているセミを見ることは珍しくなく、
抜け殻を見つけることも珍しくないですが、
脱皮を見るのは何年ぶりでしょうか。
誰かが準備したわけでもなく、時にイベントが起きるものですね。
一歩外に出ると、人の手が入っている環境であっても
家の中とは違って時に自然を感じますね。
夕方に一歩外へ出て、涼むだけでも
何か心を元気にさせることが
あるんですよね
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あの幼虫は…
2023年7月11日(火)
ほんと暑くなってきました。
さて、
私が家で育てていた
あの幼虫はどうなったのか?
誰も気にされていなかったかもしれませんが…
なんと、昨日成虫になって土から5匹出てきました
大きいのやら小さいのやらサイズはいろいろ…小さいのが多いかな?です。
でも、なぜか全部オスだったんですが…
まだ、メスも出てくるのかな?
幼虫が成虫になって、卵を産んで、卵が幼虫になって、成虫になりました。
バンザーイ!…でも、メスが出てこないと来年に続かないぞ…
カブトムシの色は黒や赤茶色と色味が違うのがいたりするのですが
私は子供の時から「黒カブト」「赤カブト」と言いますし、赤カブトは少ない種類だって思っていました。
そう、「アメリカザリガニ」と「日本ザリガニ」みたいに
違う種類だと思っていました。
でも、図鑑にはカブトムシって色違いの種類が載っていません。
なんと、色は違っても同じ種類のカブトムシらしいです。色は遺伝で違いが出るそうです。
人間の肌の色と同じでしょうかね。
赤も黒も色に違いはあれど、同じカブトムシ。優劣もありませんでした。
ただ、出てくる数は違いがあるそうです。色によって捕食されやすいされにくいって差があったりするようです。
遺伝子、進化、多様性、そんなことの一端のようです。
リハスタッフもいろんなスタッフがいます
学生時分から作業療法士になるやつは自分も含め変わり者ばっかりだと思っていました。
それは、作業療法が変わり者がその自分の個性を生かすことができる仕事だからだとも思っていました。
作業療法って、対象者の個性も自分の個性も活かして使うことができる仕事だと思います。
でも、
最近思うのは、世界中どの人も誰かにとって変わり者なんじゃないかと
同じ人がいないんだから、誰かと比べたらみんな変わり者ですよね。
ってことは、みんな一緒の人間ってことですよね。
赤も黒も同じカブトムシってことですよね。
多少生きづらさが環境によっては違いがあるんだってだけですね。
カブトムシもガサゴソとケースの中で元気に動き出しましたし、
私も元気に仕事をしないといけませんね
利用者様と一緒に、夏の暑さに負けず元気になれるように頑張らないとですね
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面倒くさい
2023年6月24日(土)
先日、スマートフォンを買い換えました。
何年も使っていた機種から乗り換えました
以前の機種に慣れていたので、
ちょっとしたことが使いにくく、面倒に感じます。
ここを触ればよかったのに、この操作をしないとなんてことがあります。
まったく同じではないにしても、少し違うってことがどうするんだっけ?ってちょっと時間がかかったりします。
でも、
きっと、そのうち慣れて当たり前になってくると思います。
どんな道具も慣れるまでが不便です。
そして、道具に慣れるまでは失敗もあります。
でも、そのうち慣れて当たり前になります。
そんな中で、これだったらこんな使い方できるし、これもいいねって思うことも出てくるでしょう。
福祉用具も初めて使ったときは面倒くさいって思う道具もあります。
でも、
使っていると操作に慣れて
使うのが簡単になって、これ使えばいいよって誰かに教えたりするぐらいになったりします。
福祉用具を面倒だって敬遠される方もいらっしゃいますが、
暫くは面倒くさくても使ってみてほしいです。
慣れてきたら道具の真価を感じられるようになります。
使うのが嫌いだった道具が、
いつの間にか、手放せない道具になることもあるかもしれませんよ。
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夏、雨、といえば
2023年6月02日(金)
昨日の朝、
まだこれからの紫陽花の葉っぱの上に
みつけました

雨蛙
次は、カタツムリを探さないとですね。
こういうのを探しながら散歩するのも「脳トレ」ですね。
ただ「歩く」だけでなく、
何かを見つける「脳トレ」もしませんか?
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新ダイバーシティ
2023年6月01日(木)
更に往年の映画タイトル風です。
「多様性を受け入れよう」という価値観は結局のところ「多様性を受け入れない」という価値観を受け入れるのか、受け入れないのかという議論に行きつくらしいです。
障害者や性的少数者を受け入れるか、受け入れないかは「価値観」とみられて倫理的問題みたいに思われていますが、生物学的にも必要なことだそうです。
6500万年前に地球にどすんとでかいでかい隕石が落ちました。それがきっかけで地球にのさばっていた恐竜は滅んで、代わりに哺乳類が蔓延りだし、今では人間が我が物顔です」。
これは「弱肉強食」ではなく「適者生存」だそうです。「弱肉強食」であれば生物連鎖の頂点には常にTレックスのような肉食恐竜が鎮座していたんでしょうが、強い者が生き延びるのではなく、環境に適応した者が生き延びるわけです。
どう環境が変化するかもわからず、どの種のどういう特性が適応するかもわからないわけですから、生物あるいは人間という種を単体で見ても多様性を確保しないと環境に適応できない種は絶滅するわけです。
そういう観点からすると「多様性を受け入れない」という価値観を受け入れるのか、受け入れないのかという議論は環境(社会)が将来どう変容するかもわからず、したがって何が生き残れるかも不確かな状況なので、「受け入れたほうがいい」という結論になると思います。
それもその後の環境変化を考えると生き残れる種が一つだけというのは、結局廃れるわけですから、生物としても人間としても兎にも角にも沢山の種(価値観)があったほうがいいわけです。
地球上の生物として、その中の人類として文字通りの生き残りがかかっているとするなら、もはや受け入れるとか受け入れないとかの議論は的外れみたいに感じます。考えるべきはどう受け入れるかでしょう。
受け入れるべきとはいっても、アメリカの元大統領の言動で二分されてしまった社会を見ていると、不要な軋轢を避けるためにも偏在というか、偏りは致し方ないのかなと思います(例えばトランプ支持派とブラックパンサーの2グループが同じ場所にいたらバイオレンスな展開しか予測できません)。
ある程度似た者同士集団を作って、摩擦を生まない程度の接触を保つのが無難な感じがします。
地域、仕事、学校、趣味、嗜好、年齢、家族等々いろんな枠組みの集団が離合集散繰り返しながら、混乱や軋轢を避けて居心地の良い場所やグループを探しているんでしょうね。
自分とは(見てくれが、考え方が)違う存在を排斥するというのは、「良い」とは言えない価値観ではありますが(今の社会では)、そういう価値観を持つ人たちを「赦せない」というのもそもそも不寛容だし矛盾していると思います。
「そんな人たちもいるよね。面倒やし関わらんとこう」くらいの寛い(ひろ・い)心が必要みたいです。
私も気に入らない人に対しては「いるのは仕方ないが、視界に入るな」くらいは思っているのですが、これは「狭い心」でしょうか、この程度なら「寛大な心」と言ってもいいのでしょうか。
まぁ思ってはいても表に出さないだけのマナー(というか社会性)ぐらいは身につけた方がいいようです。
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どなたと散歩に行こうかな
2023年4月11日(火)
昨日は我が子の入学式でした。
桜は散ってしまいましたね。
花が散って、青々とした元気な葉っぱがいっぱいの木になっています。
でも、今度は
タンポポ、チューリップ、芝桜などいろんな花が咲いています。
暖かくなり、お散歩にはいいシーズンになってきました。
天気のいい日は、外を歩きたいですね。
最近、また脚の調子が今一つですので、杖をついたりもしますが、
杖をついていたって、散歩は気持ちいいです。
車いすでも歩行器でも、シルバーカーでも杖でも、そんなことは些細なことです。
だって、どうやって散歩するかが解決すれば気持ちいいですからね。
そのどうやってを解決するのは、自分の努力もあるし、他人の協力、環境づくり、道具の工夫
この中の「自分の努力」をするのがリハビリと思われがちですが、
どれもリハビリの手段です。
生活をよりよくするためにできることがリハビリです。
自分の努力だけでは無理なことも、どうにかできるようになる方法がないか、
リハビリスタッフに声をかけて一緒に考えてもらってください。
きっとリハビリスタッフは喜んで一緒に悩んでくれると思います。
だって、リハスタッフはただ治す補助ではなく、元気に生活できるようになってもらうための仕事ですからね。
今日も誰かと散歩に行けないかなと
楽しんでくれる利用者様の顔を思い浮かべています
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今度は桜で
2023年3月28日(火)
大原の桜も見ごろになりました。
今日の「おおはら雅の郷」は桜がとってもきれいでした。
梅の時に散歩にお誘いするのに写真を撮ってチラシを作った話をしましたが、
今回は桜です。
また今日作りました。
桜以外にもいろいろ花が咲きましたので、
とってもにぎやかなチラシになりました。
もちろん、
これを使ったことで、普段長い距離を歩くのを遠慮される方も
楽しみながら、歩いてくださりました。
心も体もリハビリできたはずです。
桜はとっても綺麗でしたよ。








