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まずは
2017年9月14日(木)
なんだかなぁ、それは違うんじゃないのかなぁ。どうなんだろう。
と思うことがよくありますけど、今日の新聞記事のこれもそうです(web pdf)。
給食サービスを受けている生徒たちの意見は聞かずとも明瞭です。
わざわざアンケートをせずとも、食べ残しがすべてを物語っていると思います。
彼らはずばり給食が「不味いから」食べないのでしょう。
私が解せないというか納得できないのは、彼らに不味い給食を食わせた大人たちの意見がどこにもないことです。
大人たちの意見とは記事中にある
”校長は「生徒たちの声をよく聞いて、できる限りそれを反映させる必要がある」と指摘する。”
”弁当の持参をすべての生徒に広げる「選択制」の導入も検討していく。”
”教育長は「深刻な状況だ。やれることはなんでも試して食べ残しを減らし、『おいしくて楽しい給食』を目指したい」と力を込めた。”
とかそんな意見ではありません。
私が当事者ならとにかく皆の意見を聞いてみようではなく、とりあえずその不味いと言われる給食を食べてみます。
味に言及した大人たちがいないということは多分食べてもいないんでしょうね。
食べて上で本当に不味かったとなれば、あらためて生徒たちに聞いてみようなんて話はないでしょうし、不味くなかったとなれば、やっぱり聞いてみようにはなったと思いますが。
やれることは何でも試してと言いながら、とりあえず食ってみたという話はないんですからね、笑えます。
私の性格なんでしょうか、メディアで教育問題が表面化すると、大人側の対応の不味さばかりが目につきます。
次回私のブログは9/19~9/22のどこかで。
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涼しくなりましたね
2017年9月08日(金)
私の気になる時事ネタとしてはこんなもんです。
どれも長々と書けそうなんですが、一言でいうと
マダニの件は箸でつまんで見せる必要があったのか。
核実験の件は「北風と太陽」ならぬ「北風と北風」
海技実習船で思うところは「君死に給うことなかれ」
話は変わって、このブログを定期的に読んでいただいている皆さん(はたして本当にそんな人がいるのか?)にはお分かりと思いますが、私は映画が好きです。
劇場で観るのも、DVDを自宅で観るのも好きです。最近はオンラインで観たりもしています。
このオンラインで映画を見るという選択肢が増えてから、過去に見た映画をもう一度観るという機会が増えました。
中には30年前や40年前に劇場やテレビで観た映画もありますが、あらためて観てみると観た覚えはあっても、細部が記憶と違っていたなどは当然として、時には筋立てやエンディングがどうだったかも定かでなく、その作品に対する印象さえ違ってきたという始末です。
多分私自身の記憶力が怪しいだけでなく、前にも書いた通り「私」と言うパーソナリティ自身が変容しているのではないかなと思うわけです。
そうなってくると気になるのが今までに読んできた本です。学生時分は経済的理由で月に4~5冊しか買えなかったのでどんな本でも何度も読め返したものです。
若い頃何度も読んだ本を今読んだら、あの頃と同じような感想を持つのか、まったく違った視点で違う感想を持つのか。
当時の本が全部ではないですが40~50冊はまだ持っているので、ちょっとずつ読み返してみようと思うこのごろです。
次回私のブログは9/15頃の予定です、
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すいふよう?
2017年9月04日(月)
今朝、「おおはら雅の郷」にて花が咲いていました。
先日通りがかりに見た時は白い花がいくつか咲いていました。
でも、今日は白い花と赤い花が咲いていました。
木は一つなのに色の違う花が咲いているように見えたので、ちょっと花の名前などをインターネットで検索すると…
「酔芙蓉(すいふよう)」という花が検索にかかりました。
なんと、時間帯で色が変わるんですね。朝は白く、徐々に酔っぱらうように赤くなる。
だから、酔芙蓉っていうんですね。
今日は天気が雲が多かったので、赤くなったのでしょうか?
この前見た時は、白い花しかなかったのは、天気が良い朝だったのかな?
色んな花があるんですね。
日によって違うことがあります。
時間帯によって違うこともあります。
身体の調子も同じですね。
いつもはできることができない日もあるし、いつもはできないことができる日もある。
朝は調子悪くても午後は元気なこともあるし、朝は調子が良くても午後は動きにくい日もある。
いつもいつも同じではないので、その時その時に合わせる必要がありますね。
でも、なぜ色が変わるんでしょうね?
不思議。
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こ、これは
2017年8月22日(火)
こんなアプリを見つけました。
要はそれぞれ固有の生物が嫌う非可聴音域の音を出して、そう言った近くにいて欲しくない生物を遠ざけようと言うアプリなわけです。
このアプリの場合ハエや蚊、犬や猫に混じって「若者」まで対象になっているのは笑えますが、実態に非行の温床になるとして深夜に屯させたくない公園やコンビニの駐車場なんかでこの超音波を流しているところがあるようです。
人間の場合、確か可聴音域は20Hzから20000Hzまでと幅がありますが、20000Hz前後の高音域は若者にしか聞こえなく、このアプリを試したところ私と嫁さんには全く聞こえない音が息子にはかなり不快に聞こえたらしく即座に止めてと言われました。
この類いのアプリのレビューでは効果が疑わしいという意見も少なからずあるようです。
アプリの対象になっている犬も人間にとっての非可聴音域の音が聞こえる習性を利用して「犬笛」をトレーニングに用いるわけですから、聞こえるにしても不快に感じるかどうかわかりません。また他の生物においても個体差もあるようですし、出力(ボリューム)の加減もあるのかもと思っています。
ですが少なくとも「若者」の場合は息子で立証されたように多少は効果があるようです。
就職説明会も近畿以外は完全アウェイのなかで、地元施設ブースに学生が群がるのを忸怩たる思いで眺めていましたが、こんな時に人気施設ブースの背後にでもこっそり回り込んでこのアプリを使って超音波を流してやれば、少しはうちの方へも学生が回ってきてくれるんじゃないかとか、邪な考えを持ってしまいました。
私は昨年から夏場は入浴時にハッカ油を入れているので、蚊に刺される回数がかなり減ったように感じるんですがどうでしょうね。
また最近日本の高校生の研究で、女性の場合露出された足の部分をアルコール綿で清拭消毒するだけで、蚊による被害が減る事がわかったそうです(蚊が好む匂いを出す微生物を殺すからだそうで)。
まぁそう言う準備ができない時にはこういうアプリでも気休めくらいにはならないですかね。
次回は私のブログは8/29の予定です。
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ここからダークな話。
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すいません!!
2017年8月16日(水)
今日久しぶりの出勤でした。先週火曜から夏休みやら出張やらで中七日あけての病院です。
今日1日出張の後始末で一杯一杯でした。
すんまそん、今日のブログは書けそうにないです<m(__)m>
来週8/22のブログに乞うご期待!!
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一過
2017年8月03日(木)
さて先日(7/27)俳優で劇作家のサム・シェパードが亡くなったそうです。
最初に見た彼の映画が「ライトスタッフ」で演じた実在のテストパイロットのチャック・イェーガーが最高に格好良くて印象に残っていた俳優ですが、俳優よりも何よりもピュリッツァ賞を取ったほどの劇作家だとは全く知りませんでした。そういえば前にもライトスタッフの事は書いてましたね。
そのサム・シェパードの死因ですが、筋萎縮性側索硬化症(Amyotrophic lateral sclerosis:ALS)が原因だったそうです。
著名人でも罹患された方は比較的多いのではないでしょうか。アメリカでは別名ルー・ゲーリック病と言われるようにメジャーリーガーの病気として有名ですし、、日本でも財界・医療界の方、クイズ番組で親の間の馴染になった大学教授、ある女優さんなど著名人にも患者は少なからずいらっしゃるようです。
3年前の今頃世界中に広まったチャリティキャンペーンを覚えてますか。ALS研究支援金を募集するための「アイスバケツチャレンジ」。
あのキャンペーンが盛り上がっていたころから、色々と批判はあったようで、その一つがあっという間に(キャンペーンが)消え去るというもの。他にも売名行為と言うだけで、治療支援にはつながっていないだとか。
確かにあの頃と今の状況を見れば「一過」と言うにふさわしい静かさですが、お金が集まったのは確かなようです。それも通常の募金額をはるかに上回る金額だったようです。
一過と言うのは残念ですが、誰のどんな思惑だったのか、どれほどの人たちの気まぐれだったのか、でもそんな人たちが多かったお蔭で治療法が将来見つかるとすれば、その時期が早まったことにつながるでしょうし、それによって助かる人が増える見込みであるとも言えます。この場合批判やくさしただけではお金は集まらなかったでしょうし、結果良しということでしょう。
次回私のブログはちょっと早まって8/8に予定しています。
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小心者
2017年7月20日(木)
スマートホンに買い替えて2か月ほどですが、ぼちぼち使うにつれ、なるほど確かに便利だなと思えるようになりました。
色々とアプリを入れていけばさらに便利になるんだろうなということも何となくわかってきました。
色んな生活シーンでスマホとアプリは欠かせなくなってきているようです。
天邪鬼かもしれませんが、私は欠かせないもの、かけがえのないものって怖いと言うか、不安です。
代わりが無いわけですから、どんなものであろうとそれが飛んでしまったらと考えると、不安で仕方がないです。
天邪鬼と書きましたが、ただの小心者かもしれません。
代わりが用意できない限りはそればかりに頼るのはやめようとまで考える性分です。
これはモノだけではなくヒトでも同じです。
とても有能な人間がいて頼りになるとしても、ヒトですから事情によってはあてに出来なくなる時もあるわけです。
有能な人間がいてくれるに越したことはないが、代わりになる人間がいなければ、特定の人間ばかりに頼るのはやめようと考えてしまいます。
やはり仕事をしているわけですから、遅延や齟齬は致し方ないとしても、停滞は避けたいわけですから。
本当は電話番号の話を書きたかったのですが、なんか違う方向に行っちゃいました。
次回私のブログは7/27です。
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祇園祭ですね。
2017年7月17日(月)
7月17日の今日は祇園祭の山鉾巡行がある日です。
祇園祭
https://www.kyokanko.or.jp/gion/
私は本日は休みをもらっていまして、家族で出かけて京都にはいないのですが、
京都では祇園祭が盛り上がる日です。
巡航はなかなか見に行く機会がないですが、一度は見る価値あると思います。
山鉾巡航は17日と24日です。
17日の方が多くの鉾が巡航するようです。
祭りのなかでは、一体感が生まれたりします。
祭りに限らないですが、同じことをするために集まったら
知っている人も知らない人も、互いに仲間だという感覚になりやすいです。
仲間が一緒だからいつもより活気が出たり、楽しくなったりします。
だから、リハビリでは、集団で活動することも大事にします。
リハビリになる運動や動作などを集団ですることもありますし、
集団だからいつもと違った動き方や感情や言葉などを出してもらえることを期待していることもあります。
また、集団だからこそ他者とのかかわりが生じて、誰かを助けたり、誰かに助けられたり、
自分というものを感じてもらうこともできたり、社会の中で生きている実感を持ってもらうことも期待していたりします。
自分と同じことを悩んでいたり、それでも前向きに頑張ろうって思っている人が周りにたくさんいるって、
何かが解決したわけではないかもしれませんが、心強いでしょ。
気持ちが強くなれば、できることは増えます。前向きならよくなる可能性も増えます。
そして、何かに前向きになれば、ほかのことにも前向きになりやすくなります。
集団ってリハビリにとっても大事な要素なんです。
祭りって大きな集団活動ですから、
リハビリがてら行くのはどうでしょう。
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就活または質問力について
2017年6月29日(木)
こんな記事がありました(就活で重要なことは?学生と選考者側では評価するポイントがまったく違っていた!)。
表にまとめると
学生の視点はおいといて、採用者側の視点を見ると「質問力」というのがあります。
この「質問力」、リハの学生に限って言えばほぼゼロです。
毎年いろんな学校の説明会に参加しますが、積極的に質問する学生と言うのは10人に1人いればいい方で、「何か聞きたいことは」と聞いたが最後、だんまりの学生がほぼ全員です。
記事にある通り、ある程度の知識がなければ質問はできないわけですが、まぁうちがどれほどの病院か知りませんが、九州で「京都の大原記念病院です」と言ったところで、「どこそれ」と言われるのが関の山だと思いますから、学生に予備知識があるわけないとも言えます。
だからこそ学校の先生方にお願いして事前に資料を配布して貰って説明会に臨むわけです。
それでブースに学生が来なければ、「仕方ない」とあきらめるところです。がどういうわけか学生が最低でも2人か3人かはブースに来るんですよね。
で、「資料読んだ?」と聞いて、「読んだ」「読んでない」と返事するならいい方で、「そんなの貰ってません」とかすっとぼける学生までいる始末です(んなわけねぇだろ、他の学生は手に持ってるじゃんか)。
読んでる、読んでないにかかわらず、十中八九質問は出てこないので、とりあえず一通りの説明をした後で、あらためて質問はないか聞きます。
その場合でも、質問する学生はほぼいない、ただニコニコ笑って腰かけてるだけ(この時点で結構イラついていることもある)。
そこで
「君たちは」居並ぶブースの方を指し示して「施設の連中が、自分のところの都合が悪い話をすると思うかな?」
学生首を振る。
「だよなぁ。言うわけないよなぁ。まぁ聞かれたらどこでも答えるとは思うけど」
学生、頷く。
「じゃあ、君たちはその施設側の一方的な美味しい話だけを聞いて、就職先を選ぶのかなぁ?」
学生再び首を振る。
「だよなぁ、そんな馬鹿な話はないよなぁ。じゃあ、君たちは施設側の都合が悪い話をどこでどうやって聞くの?」
固まる学生。
一般大学の就活生では考えられないようなレベルの就活状況です。
そもそも一般企業はわざわざ求人資料を学校の学生にいきわたるように送り届けてはくれません。すべて学生自身が取り寄せます。勿論取り寄せるだけでなく読み込むことは当然で、それだけでなくホームページなどにも目を通す。企業説明会で資料を読んでなかったりHPを見てないことがばれれば、追い返されるか冷ややかな対応が待っているだけ。
一般社会では売り手市場、セラピストはギリ売り手市場ながら(理学療法士は買い手市場ですが)、数年前から陰りが見え始めている。
売り手市場なのに積極的に情報収集して就活する一般学生と、片や採用に陰りが見えて買い手市場になりつつあるのに丸で受身のリハビリ学生。
質問力云々以前に大きな違いがあるように思えます。
皆さんはどう思われますか?
次回私のブログは7/6です。
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あっちがわ
2017年6月22日(木)
もう30年も前、学生時分に見た映画に「コクーン」というのがあります。
端折りまくって説明すると、老人ホームに住まう老人たちが異星人と知り合い、紆余曲折あって最後には異星人たちとともに永遠に生きられると言う彼らの星へ旅立っていくと言うお話です。
映画を見る前でしたが当時新聞で映画評を読んでみると、映画のエンディングに賛否両論あったようです。映画の最後は異星人の星へと旅立って行った老人たちの残された家族(子や孫)が彼ら老人の葬式を上げるシーンで終わっていました。
残された家族にとって生きていると言われても、誰も知らない土地(星)に行かれては今生の別れにもなるし彼の星とあの世の違いもわかるべくもなく、、「死んだも同然」と言うことでしょうか。
片や宇宙へ旅立った老人たちも家族や住み慣れた土地(地球)を離れ、異星で永遠に生きると言うのは、地球で死ぬことと何か違いがあるのでしょうか。
まぁ死後の世界があるとするなら、「違いはない」と言うことになるんでしょう。
3月に見た映画「パッセンジャー」は地球時間で120年かけて植民地惑星へ向かう宇宙船内が舞台となります。乗客の一人に女性作家がいます。彼女は120年かけて植民地惑星へ行き、1年をそこで過ごし、また120年かけて地球へ帰るつもりです。
その為家族や多くの友人や知人を残してきたわけですが、彼らにとって彼女は「死んだも同然」なんです。勿論生物学的には彼女は生きていて、240年後には地球に帰ってくるわけですが、当然家族も友人や知人の誰一人として生きているわけもなく、彼女にとっても旅立ちと同時に今生の別れとなり、彼らは彼女にとって「死んだも同然」です。
勿論連絡を取る方法はありますが、光や電波の速度でさえ数十年かかる距離です。非現実的です。
事を分明にするために、言い方は悪いですが私は何度も「死んだも同然」と書きました。
生きていながら何故「死んだも同然」なのか。
それは望むと望まざるとに関わらず、普通の社会生活から切り離されたからだと思います。
何も宇宙旅行を引き合いに出さずとも。現実でも社会生活からの切り離しは行われています。
ご存知だと思いますがリハビリテーションの仕事は、患者さんの退院後の生活がいかに円滑に行われるかに腐心することでもあります。
患者さんは十中八九長年慣れ親しんできた自宅へ帰りたいと言われますが、障害の程度や自宅の状態、独り暮らしか家族と同居なのかで、退院後の生活は大きく左右されます。
客観的に見れば正しいと思える判断でも、患者さんやご家族の希望に添えない提案をしなければならないこともあります。最終的には患者さんとご家族の判断に任せるとは言いながら、患者さんもご家族も私たちの意見に重きを置いていただいている方々が多いことも承知しています。
京都大原記念病院は回復期リハビリテーション病棟主体の病院ですから、患者さんに家に帰って貰ってナンボなところはあります。ですが患者さん自身がどれほど家に帰りたいといっても、ご家族が家に帰したいといっても残念ながら「施設」という選択肢を提案せざるを得ない場合もあります。
私たちとしてもよりベストと思われる選択肢を提案するわけですが、如何なる理由があるにせよ、自宅ではなく施設へという選択は今までの社会生活からの切り離しの意味合いを大きく感じてしまいます。
勿論施設に入ったからと言って「今までの社会生活からの切り離し」=「死んだも同然」ではありません。そうなりがちなのはやはり本人と周囲の対応次第ではないかと感じます。
本人と周囲の対応次第と言うのはまた次の機会(出来れば次回)に。
次回私のブログは6/29です。
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