京都大原記念病院グループリハビリスタッフのあんなことこんなこと

どんなこと

遠藤

なぜ?

2016年9月05日(月)

たとえば動作ってそれが、車椅子からベッドに乗り移る動作一つ見ても、
一つ、筋力
一つ、可動性
一つ、感覚
一つ、認識
一つ、意思
一つ、判断
などなど、そういったいろんなことが組み合わさって成り立ちます。
だから、筋トレするだけでは上手になれなかったり、認識力を高めてもできるようにならなかったり、そもそも意欲がなければしないってこともあります。

 

なので、同じ動作で困っていても取り組むリハビリは人それぞれです。

そして、苦手なところを良くする為のリハビリもありますし、苦手は苦手としてそれを補う方法を身につけるリハビリもあります。

 

だから、一見してその動作についてのリハビリをしているって分かるリハビリの方法から、まったくそうは見えない方法まであり、中にはその動作の代わりになる動作を練習していたりもします。

 

リハビリスタッフと目的や目標について話していたのに、なぜこんなことをするんだって思うかもしれません。そんな時はリハスタッフとなぜ?ってことを話してみてください。きっと、目的が違うのではなく、あなたの特性に合わせたやり方を選択しているはずですよ。

 

なんでも疑問に思ったら話してみてくださいね。

へんなこと

竹内

しっくりの豆知識

2016年9月03日(土)

皆さん「しゃっくり」の役割なんか知ってましたが、普通なら調べようとも思いませんよね。
正確には不明だそうです。
生物学上だと思いますが、生物が水中から陸上に上がり、えら呼吸から肺呼吸に切り替わる過程で、
肺に水が入らないよう気管を塞ぐ仕組みの名残という説があるそうです。

 また、しゃっくりの際には「ひっく」という音が出ます。「ひっ」は声帯が急に閉じようとする時の声帯の振動音、「く」は声帯が閉じて息が止まった時の音だということだそうです。

ちょっとした豆知識になりそうです。さらに「しゃっくり」を止める方法はご存知ですか?

●人さし指を両耳に強く入れて30秒ほど押す
●舌を30秒ほど引っ張る方法
●誰かに驚かしてもらうというよく知られる方法
●立った状態で、うつむいたまま コップの水を逆さまから飲む方法

などですね。
決して必ずしっくりが止まるとは言い切れないです。けどかなりの確率で止まりますよ。

飲み込み状態の悪い脳卒中後遺症の方などはマネをしないでくださいね。

詳しくはhttp://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20160901-00010001-yomidr-sctch

へんなこと

橋本

時代が違うんですか?

2016年9月01日(木)

最近ようやくバスでも電車でもほぼ迷いなく腰かけるようになりました。

新幹線でも在来線でも指定席であれば何のためらいもありませんが、50過ぎるまでは座席に座ることにちょっとしたためらいがありました。

今でも数駅の区間なら席が空いていても立っていることが多いです。

 

昔話をしても仕方のない話ですが、私の世代では子供の頃に公共の交通機関やベンチなんかに腰掛けることにうるさく言われた覚えがある人が多いのではないでしょうか。

祖母は孫の私には随分甘かったなと言う印象ですが、電車でもバスでも私が黙って座席に座ろうものなら叩かれました。要するに大人の許可がなければ席には座れませんし、席が込み合っているような状況では絶対に許可は出ませんでした。仮に許可が出て腰かけていても、立っている大人がいれば立たされました。

電車やバスでは子供は立っていて当たり前だったわけです。

 

それを普通としてきたわけなので、50になるまでためらいなく腰かけると言うことが出来なくなっていたようです。その分席を譲るのには何のためらいもないようです。

 

出張では在来線の電車に乗る機会も多いのですが、どれほど席が混んでようが、目の前の席が空いたなら我が子を腰かけさせようとする親が多いように思います。

時代が違う、時代が変わったと言えばそれまでですが、時代が変わっても高齢者や障害者、妊婦や乳児を連れた女性に席を譲るべきということに変わりはありません。

周りも見ずにためらいもなく腰掛けるような子供が、ある日席を譲れるような大人になれるとは私には思えません。

 

次回私のブログは9/8です。

そんなこと

遠藤

買っちゃった

2016年8月29日(月)

何回かプラネタリウムに連れて行ったことが影響したのか、

息子が次の誕生日に天体望遠鏡をほしがっていました。

誕生日には数か月早いのですが、息子が自分で使える様になるのか疑問でしたし、

前倒しで天体望遠鏡を買っちゃいました。

 

息子には、「誕生日までに使えるようになったら誕生日プレゼントにあげる。使えないようだったらお父さんのにする。」って言いました。

※もし使えないようなら、気楽に使える双眼鏡をプレゼントしようと思っていました。

それから毎日、夜になったら、星を確認して、星が見えたら、天体望遠鏡を外に出して私と一緒に練習?観測?しています。

一応すこし使えるようになってきたので、この調子でいくとプレゼントになりそうです。

 

子供へのプレゼントなので、

高価なものではなく、

出来るだけ子供が扱いやすいという評判と、

かろうじて土星の輪と月のクレーターが観測できる程度の望遠鏡にしました。

そのうえで、自宅で観測するにはベランダの柵の高さを考えると、三脚が短いと難しいので、三脚は伸縮するものとしました。

 

私も望遠鏡を買うのは初めてで、買うときには不安もありましたが、

実際に買ってみて、子供と一緒に使ってみて、

設定条件はオールクリアしたようです。

あとは、子供が興味を持ち続けてしっかり使い込んでくれるかどうかですね。

 

道具は使ってなんぼです。

いくらきれいでも、高級品でも、使っていなければ宝の持ち腐れですよね。

少々傷がついても、少々痛んでも、たくさん使って活用してなんぼです。

皆さんの手元の道具はしっかり使えていますか?

そんなこと

橋本

申し訳ない

2016年8月25日(木)

以前は就職見学の電話受付をリハ部でやっていたので、担当の私が必然電話を受けることになっていたのですが、今はそれも人事が一手に引き受けてくれているので、外線電話を受けることも滅多になくなりました。そもそも急用と言うのはなかなかに生じないので、メールが発達した今は電話を掛ける機会も受ける機会も減ってきています。怪しげな勧誘の電話さえかかってこなくなりました。

 

最近は外線と言えば、たまに学校の先生からかかってくるぐらい。

そんな中で先日昔々(20数年前)担当していた患者さんからお電話いただきました。

不思議なもので、スタッフの顔と名前を覚えるのは四苦八苦しているくせに、患者さんの名前を聞いただけで何の障害だったか、どういう状態だったか、家族構成がどうで等々思い出すってのは(そういうものだとわかっていても)不思議なものです。

 

要件自体は「声が聞きたくなって」だそうです。

 

「あの時はお世話になって」は定番通りかもしれませんが、こちらは思わず「大したこと出来ずに申し訳ありません」と言ってしまいました。

 

あの頃間違いなく一生懸命仕事をやっていたつもりですが、あまり頭を使っちゃいませんでした。もっといろいろ出来る事があったはずなんですが、今となっては後の祭りです。

 

それは20年の時間を経て「経験のなせる業」ではなくて、経験がなくとも「頭を使って」さえいればできる事が沢山あったはずと言うことです。

人間だれしも経験すればそれなりにスキルは上がるものです。その経験不足を補うために頭を使わないと駄目なんでしょうけど、今思えば全然でした。

 

お金を払っていただいてサービスを提供している以上、本当の事だとしても「大したこと出来ずに申し訳ありません」は言っちゃあいけない言葉ですが、つい出てしまいました。

 

本当、申し訳ない…

 

次回私のブログは9/1です。

あんなこと

遠藤

ああ、基本って大事

2016年8月23日(火)

最近、物を修理したりするときに思ったのですが、
今修理している物を修理する方法は誰かに教わったことはないなってことです。
じゃあ、どうして修理できるのかなって思ったのです。
そう、もっと子供の頃にしていた工作で培ったこと、
そこから色んな工作の仕方などを教わったり、やってみたりして得たことがいま生きていると思います。
やっぱり、基本は教わったり時間をかけて失敗しながら身に着けていたんだと思います。
そして、基本さえできていれば、いろんな経験を振り返ったり、
基本を組み合わせてみたり、基本と少しやり方を変えてみたり、基本を知っていれば、応用はできます。
何でも出来る人はきっといろんな基本を身に着けているんだろうなと思いました。

 

リハビリでは、自立を目指します。
この自立はいわゆる応用がきく人になろうってことでもあります。
少しぐらい体調が違っても、少しぐらい環境が変わっても応用がきくから生活を続けられます。
「これと同じ環境で、体調が良い時ならできる」っていうのは自立ではないですよね。
だからこそ、基本になる練習や運動を「動作の繰り返し練習」以外に取り組んでいただくことになります。

何でも同じだなって思いました。
子供のうちに色んなことを体験しておくのは大事なことなんですね。

(さらに…)

どんなこと

竹内

イメージが大事ですね。そして信じること、そして努力です。

2016年8月20日(土)

リオオリンピックはもうじき終わりを迎えようとしています。

そして日本の獲得メダル数が過去最高を記録しました。

2012年ロンドンが38枚、2016リオが41枚で、ロシアに次いで現在6位ですよ。凄くないですか!?

いやー、人間はすごいですね。駄目だと思うとダメなんですよ。

如何にメダルが取れるか!日本人はメンタルが弱いだけなんですよ。

如何に精神力が重要かと実感する今日この頃ですよ。

錦織なんか、世界ランキングは何位ですかぁ?一桁ですよ。

無茶苦茶凄いですよ。

へんなこと

橋本

痩せる

2016年8月18日(木)

毎日、日本勢の活躍に一喜一憂しています。

 

ここのところ毎週出張が入っていて、やや疲れ気味です。

 

先日ようやく1日休みを取って、息子に(中2ですが)どこ行きたいか聞いたら「スーパー銭湯」との返事だったので、内心ほっとしながら(金もさほどかからないし、疲れない)親子3人で行ってきました。

 

で銭湯行った時の習慣で体重計に乗ってみれば、更に前回計測時より数キロ痩せていました。

 

かかりつけの耳鼻咽喉科の先生によると体重が10%減れば、睡眠時無呼吸が30%改善するとのことで、私なんか2年前より20%以上減量できているので、睡眠の内容が改善されているのが実感できています。

 

まず起床時間まで熟睡するようになった。無呼吸があると血圧が上がり未明に覚醒して、どんなに眠くても再度の入眠が難しい。

ついでに起床時間までトイレに行く必要がない。無呼吸があると未明に膀胱がパンパンになることが多かった。

 

肥満より痩せている方がメリットはあるんでしょうけど、最近スーツのズボンがユルユルなのは困りもんです。

 

次回私のブログは8/25ですが、その日は出張なので前日か後日になる可能性が高いです。

 

 

 

そんなこと

遠藤

お盆といえば

2016年8月15日(月)

さて、みなさんはお盆をいかがお過ごしですか。
京都では全国的に有名な五山の送り火が8月16日(明日)に行われます。

また、近畿地方では比較的良く行われているのが地蔵盆ですね。

こちらは23日とか24日を目安にするらしいので、来週ぐらいでしょうか。

私の町内は8月20日の土曜日に行います。
子どもたちは、もらえるおやつや福引きの景品に期待を膨らませているようです。

お地蔵さんを普段拝むこともないのですが、子どもたちもその日ばかりはみんなで、お坊さんと一緒に拝みます。

 

お坊さんやお地蔵さんが身近に感じる日でもあります。

そして、何より、町内の子供達と大人達が顔を合わせる良い機会になります。

近所の顔見知りになるっていうのも子供達の健やかな日常に必要なことなんだと思います。

知った顔の子供のことは少し気にかけてもらいやすいですし、何かちょっとしたときに声をかけやすくなりますよね。

 

町内の地蔵盆に毎年は参加できていませんが、

今年は家族揃って参加してきます。

晴れたらいいな。

へんなこと

橋本

お盆に寄せて

2016年8月10日(水)

予定投稿日より1日早いですが、予告通り早めの投稿です。

 

そろそろお盆ですが、テレビではオリンピックと高校野球が熱いようです。

 

今年の2/18のブログにこう書きました。

覚えておいででしょうか。

私の考えにも賛否両論あるとは思いますが、先日こんな記事を読みました(WEB PDF)。

 

全てとは言いませんが、就職を地元でとか、長男なんだからとかで何かと地元に縛ろうとしているのはこういうこともあるのかなと感じてしまいます。

 

人それぞれなのは認めますが、「長男だから」と言う理由で仕事を辞めて郷里に帰ると言うスタッフは何故「長男だから」そうする必要があるのか、よくわかっていないようです。「親にそう望まれているから」とかやっぱり「長男だから」と言う理由にもなっていない理由で、そう言いさえすれば誰もが納得するのが当たり前みたいな感じです。

 

私自身はここで紹介したような「介護を担わせるため」と言う理由は少数派だと思います。

「家」「長男」「先祖供養」「跡継ぎ」などのキーワードで我が子を自分のもとに縛ろうとする行為が悪いとは思いませんが、何故そうしようとするのか理解しないまま、考えないまま「そういうものだから」従わせようとする、従おうとするのは言葉は悪いですが「馬鹿だな」と感じます。

 

かくいう私も長男ですが、実家に帰るつもりも家を継ぐつもりも(継ぐような家でもないですが)ありませんし、「長男だから」という呪縛が何故あるのかも理解していませんでした。理解はしていませんでしたが、そうしないことへの良くわからない不安と言うものはありました。みんながそうしているのにしない不安ではなく、なんだかよくわからない不安。

 

結婚直後たまたまですが祖母の十三回忌と母の三十三回忌(間違いじゃないですよ、私の実母は20代で死にました)の法要を同じ日にしました。その時住職さんとの世間話で最近百五十回忌や二百回忌を執り行ったとお聞きしました。

 

150年前や200年前に亡くなった顔も人柄も全く知らない先祖を偲ぶ…

「家を継ぐ」や「長男だから」と躍起になることの本質と言うか、躍起になる人の本音が、私自身のなんだかよくわからない不安が、わかったような気がしました。

 

きっとそれらの本質というか本音と言うのは

 

「私を忘れないでください」

 

じゃないでしょうか。先祖を忘れず大事にすることで、自分もまた忘れられず、大事にされるようにすること。

それをシステム化したのが「家を継ぐ」や「長男だから」と言うことでしょう。

ただ本来の目的が何かを考えず、システムの維持を目的としているのではそれこそ「先祖」も浮かばれますまい。

 

言い換えるとシステムを継承しなくとも、本来の目的を見失わない行いをすれば問題ないわけです。

そう考えると私のなんだかわからない不安もわかりました。忘れ去られる不安だったわけですが、システムに頼るのではなく、忘れられないようにすればいいだけの話と思い至りました。

 

「歴史に名を残す」などと大層なことを考えずとも、何かしらの事績(実績ではおこがましい)を残せば、名は残らずとも「誰かが」生きた証にはなるでしょう。

そもそも百年も二百年後も名前を残すには、私のような凡人ではとても「悪い事」をしないと無理そうですし、凡人だけに「悪い事」も出来なさそうです。

 

私もあなたもそれなりに生きてればなにがしかの生きていた「痕跡」は残せるはずです(このブログだってそうです)。見も知らぬ子孫の「好意」に頼って奉られるよりはましだと思えるのは私だけでしょうか。

 

次回私のブログは8/18です。


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