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酔芙蓉
2019年8月29日(木)
まだ、暑い日があるようですが、
少し、夕涼みができる気温になってきましたね。
大原ホームとおおはら雅の郷には
酔芙蓉が咲き始めました。
一日のなかで白から赤に色が変わるので、
酔っぱらって顔が赤くなるようだと…そんな意味合いの名前です。
酔っぱらいは嫌がられますが、この花はきれいですよ。
今朝、おおはら雅の郷で一つだけ咲いていたので、
撮った写真です。
朝なのでまだ真っ白です。
夕方には赤くなっているのかな?
もっとたくさん花が咲いたら豪華できれいなんですけれど、一つだけ咲いているのもきれいですね。
散歩もしやすい気候が近づいてきました。
満開のころに散歩したいですね。
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好きとか嫌いとか(合うとか合わないとか)
2019年8月20日(火)
最近ご近所の国とうまくいっていない日本です。
この国の関係を家庭になぞらえるとどうなるでしょうか。
例えば私の隣家のご主人と私は仲が悪い。何が原因でとか、どちらが良いとか悪いとか言っても仕方がないくらい拗れている。
でも嫁さん同士は仲が良くて、おかずの余りモノをあげたりもらったり、井戸端会議をしたりとそれなりの付き合い。子供同士も学校は違えど同学年だからよく一緒に遊んでいる。
こうなってくると私や隣のご主人の取るべき道は、おそらく挨拶以外は関わらないしかなさそうです。今さらお互いの非をあげつらっても悪化するばかりですし、そうしてどちらか一方が折れて頭を下げても、一方的な謝罪には結局悪い感情しか残らない。
だからと言って嫁さんや子供の交流はこちらにマイナスがない限り、止めるのは大人気ない。
まぁ隣の旦那とは挨拶程度で後は無視、それ以外のご近所さんとせいぜい仲良くするぐらいですかね。
いつぞや経営コンサルタントの書いた雑誌のコラム(誰が書いたか、何の雑誌だったか失念しました)が目にとまりました。
その方は起業して年間数十億もの売上を上げる会社を育て上げたものの、社長に「向いていない」と言う理由で、会社をあっさり売却。以降経営コンサルタントに徹しているそうです。
それだけの会社を興しながら社長に向いていないと言うコンサルタントに誰もが驚かれるようですが、彼曰く「誤解を恐れずに言うなら社長とは売春婦でなければならないから」だそうです。
すごく品がない表現をしますが、ビジネスならば相手が白馬の王子様だろうが、小汚いおっさんだろうが嫌な顔一つせず寝るのが売春婦。
どれほど忌み嫌っていようが、生理的に受け付けなかろうが取引相手ならば、にこやかに握手をして、冗談の一つもかまして、酒の一杯も飲んで、一緒にゴルフをラウンドするのが社長、ということでしょうか。
それをビジネスとして当然のこととしてできないから「社長に向いていない」ということらしいです。
先日立て続けに若いスタッフから、合わない相手、嫌いな相手とどうやって付き合ったらいいのかと聞かれました。
私は売春婦でもないし、社長でもないので上述のような覚悟なんざ欠片もありませんから、個人的な話ならば関わらないに限るとしか言いようがありません。
仕事の話であれば、好きとか嫌いとか言っていても、同じ職場で同じ目的で働いている以上、助けたり助けられたりがあるはずで、そういう状況では好き嫌いなどどうでもいい話になるもんです。
もし仕事の上で好き嫌いの果てに足を引っ張る輩がいるとすれば、それは組織の敵なので潰すだけの…
とまぁもっともらしく書いてますが、頭じゃわかっていても、心から納得と言うかそう思うようになったのは50越えてからですね。
私もまだまだです。
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台風の後
2019年8月20日(火)
台風が来る前、8月10日に撮った写真がこちらです。


「おおはら雅の郷」を歩いていると甘い匂いがしていたので、見ると上の写真のように
まだまだ青いですが、たくさんの実がなっていました。
たくさんの葉っぱに囲まれています。
そうです、おおはら雅の郷には無花果の木が1本あるんです。
ちなみに無花果の場所はこの写真のあたりです。
おおはら雅の郷に寄ることがあったら探してみてください。
今ならそのあたりには無花果の香りが漂っています。
でも、台風が来ましたね。
台風の後、
こちらは、昨日撮った写真です。

たくさんの葉が、台風で落ちていましたが、
一つだけしっかり色づいていました。
他の実も色づき始めていました。
花だけでなく、実も色づいて季節や思い出を届けてくれます。
暑さが少し穏やかになったら、また外歩きを皆さんと一緒にして、
いろいろ感じて、お話して、心も頭も体も元気にしたいですね。
外歩きをしやすい
穏やかな天気になるといいな
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お盆
2019年8月12日(月)
京都は大文字焼き(五山の送り火)が有名ですね。
昔は家から見えたけれど、今は見えなくなったっておっしゃる利用者さんもちらほら。
昔はなかった高い建物が増えて、昔はどこそこから見えたけれど、見えなくなったって話をよく聞きます。
皆さんはお盆休みですか?
スーパーでもお墓参り用に仏花やお線香などがたくさん並んでいますね。
私はというと、
今年は、妻と休みを合わせられなかったので、妻が子供連れて帰省しています。
昨日は久しぶりに休みを一人で過しました。
一人で一日を過すなんてまあない事です。
朝は、洗濯ものを干して、
今年はなぜかたくさん家にいるクワガタとカブトムシの世話をして、
庭の朝顔や野菜に水をやり、
午前中のうちに取りあえずお出かけして、買い物をしたら、
お昼には子供がいるとあんまり行かないラーメン屋に行き、
帰ってきたら、洗い物して、
今日、買ってきた本を読み、
夕方が近づいたら、みそ汁作って、サラダを用意して、梨をカットして、
仕方がない?ので、一人寂しくテーブルにカセットコンロを置き、
今日、買ってきた肉をテーブルに置いて、
焼き肉をして、ビールをジョッキに注ぎました。
まあ、一人で自由に適当に過ごすとこんなもんでしょう。
静かな一日でした。
いつもの家ですが、
日常とまた違った日常が昨日の一日にはありました。
家にいるから日常ってわけではありません。いつもと違う一日の流れ、家にいる人の人数が違う。
居るメンバーが違う。自分の行動がいつもと違う。
いろんな違いが日常と同じ空間にいても非日常になります。
お盆だと、いつもと同じ自分の家ですが、帰省してくる孫や子がいたり、いつもと違う空間になっていると思います。
同じようで違う日常があります。
そんな時に、いつもはしない失敗をしたりします。
いつもは気を付けているのに、気づかなかったり…
いつもは時間をかけているのに、急いでしまったり…
いつもと行動の順番を入れ替えて動いたら、なにかし忘れてしまったり…
同じ空間にいるから気を抜きやすく、いつもと同じように動くからちょっと違うことで失敗しやすい。
そんなこともあります。
楽しく過ごすためにも、
いつも気を付けていることは、
忘れずに気を付けてくださいね。
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うちのすっごく良いところ
2019年8月05日(月)
博寿苑のリハビリ室は景色が良いです。
誇張ではないです。
※リハビリ室の写真を撮ってもらったのですが、窓からの景色が見えるでしょうか?

大きな窓からは、グリーンファームが見えます。
グリーンファームは季節ごとに野菜や花が育てられていますので、
四季を感じる風景です。
空には、時々トンビが飛んでいるのが見えます。
燕も毎年巣を作って飛んでいるのが見えます。
窓を開けていると、トンボや蝶が迷い込むことも。
窓から外を見て、今の季節や花のお話をするってことも、
リアリティーオリエンテーリングと呼ばれるリハビリの一環になりますね。
今の現在を、感じながら、考えながら会話する。
そうすることで、今の季節や時間、自分の状況など現在のことを認識することの助けになります。
しかも、運動しながら自然にできるのです。
いい景色でしょ。

※こっちの写真は、私がリハビリ室の横からガラス越しに撮った今日の写真です。上の写真にある窓とは別のところです。
今日は暑いので、利用者さんと外を歩くのは断念しましたが…
大原だから見られる良い景色でしょ。
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プロってなんでせう?
2019年8月01日(木)
ここのところブログの話題に尽きない気がしますが。
どれにしましょう?
吉本興業?京アニ?参院選?
どの話題もいろんな人たちがそれぞれの立場で沢山語られてますからね、今さら私が言ったところで目新しさはないでしょうし…
ただ吉本興業の芸人さんのギャラの安さでは昔雑誌で面白い企画がありました。生活保護の特集やってたんですけど、「吉本の芸人は生活保護を受給できるか」でした。
勿論国が定める最低収入を割り込むことがあれば芸人であろうがなかろうが、仕事してようがしてなかろうが、基本的には申請して認められれば受給できるわけです。
この話を時々思い出すのは、「プロってなんだろう」と思うことがあった時(最近時々どころかしばしばですが)です。
お金をもらえるようになったら「プロ」なのか、食えるようになったら「プロ」なのか。
色々な意見があるんでしょうけど、「お金をもらえるようになったら」や「食えるようになったら」はそれぞれだよなぁと思うところもあるわけですが、そう言っていたらうちの新人も入職早々堂々プロかと問われれば違うなぁと思う。
何故違うと思うのかと言えば、お国が定めたことですが、1単位20分のリハビリテーションをまだ新卒間もないピヨピヨのセラピストがやろうが、キャリア20年以上のセラピストがやろうが診療報酬一緒なんですよね。
患者さんの側に立てば同じ料金ならピヨピヨよりベテランに見てもらいたいのが人情でしょうし、心情的にはともかく、あっちの人にやって欲しいなんて実際のところ言えるわけもない。。
そんなこんな考えていると対価に見合った仕事が出来ていないうちは「プロ」ではないなと思えるし、いやいやいや対価に見合った以上の仕事が出来てプロなんかなとも思えるし。
「お金をもらえるようになったら」、「それで食って行けるようになったら」それに加えて「対価に見合うだけの仕事が出来るようになったら」、この3つの条件を満たせれば「プロ」ですかねぇ。
そう言った意味では私もプロと言えるかどうか。
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畑?
2019年7月29日(月)
おおはら雅の郷に大きな畑はありませんが、
小さな畑?があります。
先日、茄子が収穫され、お料理に一品として出たそうです。
今朝、トマトが赤くなりました。
他にも少しずつですがいろいろ育てられています。
野菜を育てるってことを、
仕事でしていた人も、
趣味でしていた人も、
今までしていなかった人も、
一緒に世話をしている人も、
断固世話をしない人も、
みんな野菜を前に笑顔になったり、真剣な顔になったり、
食べごろになると特に表情が豊かになって、自然と会話も生まれます。
だって、野菜はみんな食べたことがあるものばかり、
みんながそれぞれイメージできる物事がありますからね。

たとえ大きくなくても、畑が身近にあるっていいですね。
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イメージと違います
2019年7月24日(水)
「おおはら雅の郷」のゲートをくぐると、膝丈の花が咲いています。
よく見る形の花が咲いています。
私の中では、身長より高く、腕より太い幹があって、
上の方から空へ向かって花が咲いているイメージなのですが…
こんな低い所に…
でも、花の大きさは同じですね。
大きくなろうって気持ちの現れでしょうか?
うちのスタッフ達も向上心を持って、リハビリって仕事に取り組んでほしいです。
私だって、今よりも良い仕事ができるようになりたいですしね。
花に負けてられませんもんね。
皆さん、こんな百日紅(さるすべり)見たことありますか?
絶対に、これは百日紅ですよね。

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まえとあと
2019年7月10日(水)
ご無沙汰でした。さきほどブログのプラットホームを見ていたらここ2か月だけでも書きかけの原稿が5~6本もあるのに気が付きました。
毎回書こうとして、仕事の都合で中断して今に至る…みたいな感じでしょうか。
ブログと言うのは書き手にとってのトレンドというか、書かなければならないものじゃなくてその時に書きたいことなんで、ちょっとでも時間がたつと書く気が無くなると言う感じです。
この「まえとあと」は一昨年、昨年、今年3月にも書きかけたものですけど、ようやく書き終えそうです。
先日仕事で奥出雲の亀嵩に立ち寄りました(勿論2019年の6月です)。
亀嵩といえば松本清張原作の映画「砂の器」の舞台です。
普通小説が映像化されると、賛否両論巻き起こりがちですが、原作者の松本清張をして「こんな話だったのか!!(オイオイ…)と感嘆ならしめた脚色です。
後に数回のテレビでドラマ化の際にはほとんどが橋本忍、山田洋次がものした脚本がベースとなっています。
随分前ですが、その山田洋次監督が新聞のインタビュー記事で橋本忍の脚色手法について語っていました。
例えば登場人物がドアを開けて部屋に入ってくるところから場面が始まるとしたら、ドアに入るその前は登場人物が何をしていたかを書き込まねばならないと指導を受けたそうです。
原作ではほんのわずかな描写しかない容疑者と容疑者の父の半生を感動だけではなく誰もが納得の脚色に出来たのは、原作にはない容疑者の人生に思いを寄せたからでしょう。
リハビリも似たような事があります。
最近のセラピストは今の患者さんの状態しか見ていないのが多すぎます。
患者さんがこの病院に来るまでどんな生活していたのか、どのようにして病気(怪我)したのかまるで関心がない。まぁ口ではそんなことはないちゃんと考えているとかなんとか言いますが…
患者さんが自宅で転んで足を骨折して、入院したとします。リハビリやって体が回復して、以前と同じように体が動くようになればそれで終わりと考えるセラピストは多いです。
「今しか見ていない」とはその患者さんがどうして転んだのか把握していないセラピストが非常に多いからです。
どれほど体が元通りになろうが、転倒の原因を把握し、その原因を除去しない限りはまた転倒するかも知れないし、患者さんがそれに不安を感じないはずがないのに、そういう事に気付きもしない。
例えば脳卒中で入院した患者さんのリハビリのゴールを家族の希望で「歩行」にしたとセラピストが言ったとします。私は入院前の患者の生活状況を尋ねますが、把握していないとセラピストは言う。確認して来いと追い返して、持ってきた答えが「10年間寝たきりでした」
どれほど腕のいいセラピストでも10年間寝たきりの人を半年かそこらで歩かせるように出来るのは不可能です(10年かかっても無理です)。
例えば一人暮らしの老人が自宅で脳出血を起こして救急病院から我が病院へ転院してきたとします。
担当のセラピストが言うわけです。この方(患者さん)は麻痺もほぼ回復し、身の回りのことも十分できるようになった。これまでどおり自宅で生活できます、と。
こういう場合私の質問は一つだけです。「この患者さんはどうやって病院に行ったのかな?」
またこの返事がどいつもこいつも通り一遍なのは笑うしかないのですが「救急車で」。
この話のどこがおかしいのか、わかるならあなたは立派な普通の人です。うちにいる何人かの(多寡はわかりませんが少ないことを祈るのみ、想像以上に多いと思いますが)セラピストより立派な医療人になれるでしょう。
上記3つのたとえ話はどれも実際にあったことです。
どのエピソードも「今しか見ていない」以外にもいろいろと問題があるのですが、とりあえず病院に来る前というか、来歴、現病歴は大事って話です。
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じわじわ
2019年6月18日(火)
「おおはら雅の郷」で、昨日夕方に撮った写真です。
ここの並びの紫陽花はだいぶん色づいてきました。
でも、別の並びにある紫陽花はぜんぜん色がついていません。
じわじわと色づく紫陽花が増えてきています。
まだ京都は梅雨に入っていませんが、梅雨が近づいているって気がしてきます。
梅雨が来る前に、お散歩できるだけしておきたいですね。
傘をさして観る紫陽花もきれいですが、
傘をさしての散歩はなかなか行かないですからね。
紫陽花を見ていると、
「長くつを履いて、レインコートを着た子供が、
傘をさして紫陽花の前を楽しそうに歩く。
その紫陽花にカタツムリがいる。」
そんな絵が思い浮かびます。
皆さんは思い浮かびませんか?
こんなことを想起するのも、
脳のトレーニングですよね。








