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晴れたら暑い
2021年6月04日(金)
梅雨ですね
雨降りになると、晴れて欲しいって思います。
そして晴れると外に出て見たくなります。
でも、ついこの間の休みの日、
晴れたんです。
そして、家の裏でキャンプ用の椅子を出してのんびりしていたんです。
そしたら…そのまま寝てしまいました。
その日は、快晴で、めっちゃ日差しが強かったんです。
日陰も無い所で、スマフォもそばのテーブルに置いていたんです。
結果…。
起きたら、腕が真っ赤。
スマフォが熱く、画面を見ると、見たことない「高温注意」の表示。
危うく熱射病になるところ、スマフォも壊れるところでした。
待ち遠しいことがあると、つい羽目を外しがちですが、くれぐれも気を付けてください。
その後、腕の皮がむけました。
スタッフたちには、何して遊んだのか尋ねられますが、
何もせずに寝ていたから日に焼けたんです。
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使えない
2021年5月26日(水)
オリンピックやるんですかねぇ。
なんか、開催ギリギリのタイミングで毎回大選手団を派遣する国のどこかが「やっぱ、やーめた」と棄権して、そこから各国が雪崩をうって棄権してしぼんでしまうか、開催するなら棄権するって脅されて取りやめるのか。
実感として開催されるような雰囲気を感じません(盛り上がってはいませんよね)が、本当どうするんでしょうか。
話は変わりますが、確か阪神の震災前後1年の出来事だったと思いますが、新聞に中学3年生の女子衰弱死という見出しの記事を読んだ覚えがあります。
30年近く前とはいえ。当時でも育ち盛りの子供が衰弱死と言うのは異様に思えました。
記事の概要は女子中学生は祖父と父親との3人暮らしでしたが、祖父は高齢のため要介護、父も障害があり要介護。
要するに祖父と父親の介護で衰弱して死んだということです。
当然誰しもこの中学生が通う学校や児童相談所はどうしていたのか気になるところだと思います。
私の記憶だと
中学生が通う校長先生の談話「担任が再三再四家庭訪問し、登校するよう促していた」
児童相談所長の談話「中学生の衰弱が著しかったので、来週にも入院させる手はずを整えていた」実際半年ほど前にも衰弱著しく入院していたとか。
当時、書いてあることが俄かには信じられなくて、何度か読み返したのを今でも覚えています。
もっと妥当な解決策は本当に思いつかないものなのかと、翌年私は当院の新人研修でどうすべきだったと考えるか聞いてみました。
彼らはセラピストばかりでなく看護師や介護士、事務職なども混ざった20歳前後の新人ばかりでしたが、まず父親と祖父を施設や病院に入れるべきという意見が大勢でした。
登校するよう促したと言い放つ校長や、(その子を)入院させる手はずを整えてやることやったと言わんばかりの所長より、うちの新人の方が余程ましだと思ったのは私だけでしょうか。
最近こういう介護をやる18歳未満の子供を指してヤングケアラー(young carer)と言うそうで、国や自治体で実態調査や、相談窓口の設置など取り組みはいろいろとやっているそうです。
私はそういうことも大事だとは思うのですが、彼ら未成年の周りの「使えない大人」を一掃するだけで随分と事態は好転するのじゃないかと見ています。
私の意見は過激ですか?
私自身も「使えない奴」と言われたくないなとは思いますが、「使える」とも胸張って言えないのでつらいところです。
皆さんはどう思われますか?
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続きです 車椅子
2021年5月19日(水)
私の事故関係でまだまだ書くことはあったはずなんですが、この1か月のドタバタで私の頭から記憶が消え去ったようです。今回を限りに事故関係の話は一旦終わりにします。あとは思い出し思い出し書くことにします。
車椅子は私のようなセラピストだけでなく、使っている人はもとより、医療福祉関係者なら誰でも馴染みのある道具だと思います。
当然押すだけでなく、自分自身が乗って操作することにも慣れています(のはずなんですが、最近はそうでもないセラピストが量産されてますね)。
あまりにも身近過ぎて、駆動するならともかく、車椅子を押すだけなら何の難しいこともないと思ってたのですが、違いました。
前回書いたように良性発作性頭位性めまい症で病院へ行ったわけですが、状態が状態なもので「行った」と言っても自分ひとりで行けるわけもなく、嫁さんの付き添いでです。勿論病院内を動き回れるわけもなく車椅子に乗って嫁さんが押してくれるわけですが、初めて車椅子に縁がない人と言うのがどういうものか理解できたというか…
うちの嫁さんは決して雑な人間ではないです。私の方がよっぽど雑で大雑把な人間で、嫁さんは何事も丁寧できっちりしているほうだと思います。
でも、車椅子(の操作)に慣れていないとちょっと狭い場所ではあっちにドン、こっちにドン、たんすにゴンとぶつかりまくりで、押すだけならユルユルとやるんですが、方向転換は加減がわからないせいか、結構急な転換(人によってはゆっくりなんでしょうけど)で首が置いて行かれて、さらに目が回り吐き気が戻ってくるという感じでした。
入院中には看護師さんや介護士さんにも車椅子押してもらいましたが、そういうことはなかったので思いもよりませんでしたが、車椅子を押すというだけでもそれ相応の慣れと言うか技術が必要なようです。
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名前は知らない
2021年5月13日(木)
暖かくなってきました。
雨の日が多くなってきましたが、大原ホームの入り口付近には、
いろんな花が咲いています。
赤、ピンク、紫、白、黄色...
花を見て綺麗だなあって思いますが、花の名前を教えてくれる方もいるのですが、
名前は覚えられません。


なので、いつまでたっても名前を知らない花がたくさんあります。
名前を知らなくても、去年もこの花咲いたなあ。とか
今年はきれいに咲いているなあ。とか
思います。
利用者さんも私の名前を覚えられなくても、
顔を見て笑顔で話しかけてきてくださったり、手招きして下さったり、
きっと、なんとなくどんな人かは覚えて下さって
何かを期待して下さっているんでしょう。
そんな期待に応えたいですね。
でも、たまには、
あの方にも、あの方にも、名前呼ばれたいな...。
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続きです 年ですかね
2021年5月07日(金)
随分と長く間が開いてしまいました。
グループ内での「大変」で私の脳天気なブログは時節柄合わないので控えていました。
申し訳ありません。
この4月グループも大変でしたけど、私個人も結構大変でした。
4/7の朝でしたか、目覚めて伸びをした瞬間、ぐわ~~~んんとすごい眩暈が起きて、眩暈と吐気で暫く身動きがとれなくなりました。
2時間もしてちょっとは動けるようになったので、これは2月の事故の後遺症かと、お世話になった病院の脳外科を受診しましたが、これは頭じゃないと耳鼻科へ回され、最終的に「耳石が動いた」という診断でした。
眩暈は翌日には収まったんですが、大事をとって5日間休みました。
とその話を翌週内科のかかりつけ医に話したら、「まぁ、よくある話だね」と笑いながら言われたんで「よくある話じゃ困るんですよ」と言っていたら、さらに翌週の4/22の夜中目が覚めて寝返りを打った瞬間に、またもや前回より激しい眩暈が来てくれました。
嫁さんを起こしたところですぐには動けないし、トイレまで這って行ってげーげーしながら明るくなるのを待ちました。
こういう場合、治まるのを待つぐらいしかないので、病院へ行ってもあんまりすることないんですよね。それでもなぜ行くかと言うと、吐き気が激しいので飲食一切が出来なくなるから、脱水を防ぐために点滴だけしに行くんです。
良性発作性頭位性めまい症ですが、まぁ説明を読めばさほど深刻でも何でもないんですが、事情を知らない人が見れば、それなりのやばい病気に見えること請け合いです。
青白い顔して洗面器を抱えてよろけながら車から車いすに乗り移り、病院の玄関前だというのに、所かまわず洗面器に盛大に戻す場面(当然マスクはできないし飛沫は飛びまくりです)に出くわせば、なにがしか感染る病気かと引かれても仕方がないでしょうね。
実際何人かの人はそんな私を見てぎょっとした顔してたみたいだし、私なんか2度目の時はどういう病気かわかった上で、このまま死ぬんじゃなかろうかと思ったし、どっちの場合もたった1日で体重が2㌔以上落ちましたしww
年のせいでしょうか、それとももともとの不摂生の結果が今になってつけとなってきてるんでしょうか。
ここのところ大病ではないけれど日常生活に支障が来るような病が毎年のように来ている気がします(顔面麻痺とか、複視とか、眩暈とか首から上ばかりですが)。
まぁ年なんでしょうかね。
続きます。
PS 私のいる事務所の洗面所には「手洗いの方法」なる張り紙が貼ってあるんですけど、それがどうしても「芋洗いの方法」に見えるのは私だけでしょうか。字面似てますよね。
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つつじ
2021年4月26日(月)
さくらは終わりましたが、
つつじの季節になりました。

躑躅って漢字では書きますが、
これはテキチョクとも読み、
テキチョクとは、足ふみしてなかなかすすまないこと、ためらうことなどの意味だそうです。
つつじにこの漢字があてはめられるのは
1.美しさに立ち止まるから
2.毒性を持ち羊が食べると歩けなくなることから(種に毒があるそうです)
など諸説あるらしいです。
子供の時は、つつじの花の蜜を吸っていましたが、種には毒があるなんて…。
大原でも咲き始めました。まだまだほとんどはつぼみですが、花がいくつか咲いていたのを撮ってみました。
つつじには大きい花も小さい花も、赤い花も、白い花もいろいろあります。
大きいから、赤いからきれいということはなく、
どの花もそれぞれきれいですよね。
リハスタッフもいろんなスタッフがいます。
誰が一番ということはないですが、いろんな良い人がいます。
私が思い浮かべられる「良い」にもいろんな「良い」があります。
あなたの周りの人にはどんな「良い」がありますか?
大原のつつじはきっと5月に入ってからが見ごろになると思います。
頭上を花で埋めて、幻惑するように咲く桜の満開もきれいですが、
明るい日差しを低いところから受け止めるように沢山の花をつけるつつじもきれいです。
これからが楽しみです。
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見ると
2021年4月19日(月)
おおはら雅の郷の玄関には小さな花をつけた低木があります。
白い小さな花です。
鈴なりになっていますが、遠目でみて小さい白いものがいっぱいついている
って感じです。でも見ていて心地よい感じです。
そして、その花に近づいてよーく見ると。
ちょっと複雑で、かわいい形をしています。


遠目で見て思うこと
近づいて見て気づくこと
ありますよね。
私たちも、利用者さんを遠目でみて、きっとあの人はこんな感じだろうって思っていて、
でも実際直接かかわってみると、あー、こんな感じなんだって気づいたりします。
逆に、普段近くでかかわっていると、当たり前になっていたことが、
他の人にはこんな風に思われていたんだって、他人と話して気づくこともあります。
ご利用者さんや患者さんとかかわるときは、近くでかかわる目線と、離れてみる目線の両方の目線で見ないとって思います。
どちらの目線もその方の生活上にある他者の目線です。
その方が心地よく生活するためには、
周囲の方も心地よくその方を受け入れ、かかわり、
一緒に過ごせることが必要だと思います。
近くでしっかり、
遠くからそっと、
今日も、見て、思って、
気づけられたらいいな。
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続きです。 やりがい
2021年3月31日(水)
例年と違って早や桜がころあいですね。大原の郷は今が見頃です。
先にも書きました通り出来るだけ「おりこうさん」で通そうとはしてましたが、入院からしばらくは「寝たきり」に近い状態でしたから、看護師さんにいろいろとお願いせねばならないことも多く、「おりこうさん」どころか「手のかかるオヤジ」だったことは否定できません。
入院して数時間で困ったのがベッドのマットレスです。
腰痛持ちの私には柔らかすぎて、そのままだと腰痛が悪化しそうでした。普段なら寝返りしながら躱すという手もあったのですが、首を右なり左なりに向けるだけで眩暈がして吐きそうな状態でしたからできない相談です。
というような事情で、じゃあマットレスを変えよう、お願いしますとなったのですが、ちょっとベッドから退いてササっと変えるというわけにもいかず、結局どうしたかというと、看護師さん6人がかりでシーツごと私を揺らさないようにそっと持ち上げて、その間にマットレスを変えるという有り難いが大変申し訳ないことまでしていただきました。
その他思うように動けないがために看護師さんには色々と助けていただきました。
先日ある会議で看護の管理者の中で「やりがい」を感じている者が少ないという話を聞きました(腹の中ではそれ看護だけの話じゃなかろうて、とはちょっと思いました)。
「やりがい」と言うのはその人自身が感じることですから、その人の主観と言うか、価値観に左右されるものなんでしょうが、それだけではなくてその仕事の必要度というか、公益性も多分に影響される要素の一つだと思います。
私としてはこれほど人に感謝される仕事をしながら「やりがい」を感じないとは何事かとは思いましたが、人が(患者さんが)どれほど感謝しているか知らなかったら「やりがい」も感じ難い話かもしれない。
ではうちの看護師は患者さんの感謝の気持ちを知らないのか。
まぁ認知症で右も左もわからなかったり、悪態をつく患者さんであればごく一部とはいえ感謝の気持ちが伝わってこないこともあるでしょうが、たいていの患者さんは「ありがとう」の一言くらいは言っていただいていますし、言わずともそう思っている方も多いと思います(多分)。
いやいやいや、感謝の言葉ではなくて、まずは患者さんがどれほど困っていたのか気付かなければ患者さんの「ありがとう」も通り一遍の言葉としか感じられないんじゃないか…
ここに問題があるのかも。
ここ数年「患者の身になって考えろ」って言うの止めたというか、意味がないことに気がつきました。たいていの場合何かしらやらかしたセラピストに「患者の身になって考えたのか」と聞くと「考えた」割にはすっとこどっこいと言うざまで、返す刀で「自分の身になって考てみたのか」と言うと存外違う結論が出てくることが多いことに気がつきました。
わかりやすく具体的に言うと
「右腕が動かないAさんの気持ちになって考える」
「右腕が動かない自分とはどんな気持ちか考える」
これ同じようでいて全く違います。
よく皆が考えている前者のパターンは、以前にも書いたようにAさんの価値観が分かるわけないのでいい加減だったり明後日の方向の結論になったりする。後者は自分の価値観で考えるので地に足がついた結論になる。
とは言ってもAさんと自分の価値観が同じとは限らないので万事同じ結果とはならないのかもしれませんが。
「他人の身になって考える」ということがよくわからない人でも自分の気持ちにはストレートなもんで「自分だったら」と考えるように促すと割とすんなり誰にも納得できるような結論が出せるみたいです。
ですから今の時代「他人の身になって」と言うより「自分だったらどうか」と示唆するのが正しい導き方に思います。
勿論先にも書いたように考える人間の価値観が大きく世間とずれているようなら、創造的な才能を必要とする職業には向いているかもしれませんが、医療福祉の分野や一般の必要ビジネスには向いていないということになりかねません。
話が大きく逸れました。
看護に限らず医療の仕事にやりがいを感じられないのは、
患者の感謝の気持ちが感じられないからじゃないのか。
感謝の気持ちを感じられないのは、
患者の困っている状況を理解できていないからじゃないのか。
患者の困っている状況を理解できないのは、
患者のことを理解できもしないくせに患者の身になって考えようとするからではないのか。
本当は患者の身になって考えるのではなく、
自分「だったら」どう感じるのか、どう思うのか考えるのがいいのではないのか。
勿論それだけの理由でやりがいを感じないんじゃないでしょうけど。
と、やりがいについてそんなことをグルグルクドクドと考えてみました。
続きます。
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桜満開
2021年3月31日(水)
今週は桜が満開です。
「おおはら雅の郷」と「博寿苑」「大原ホーム」「京都大原記念病院
」で今週撮った景色です。
今年はここ2日ほどがとっても気温が高いせいなのか、
例年なら
、普通の桜が終わってから咲く枝垂れ桜まで咲いていました。
歩いても、窓から見ても、桜がいっぱいです。
桜を見ると「春」って気がしますね。



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これからです
2021年3月23日(火)
同じ京都市内でも、
南禅寺あたりはずいぶん桜が咲いています。
でも、大原はここ2・3日で
ちらほら咲き始めました。
まだほとんどの桜の木は、花がまばらに点在して咲いているだけですが、
少し多めに花を咲かせている木がいくつかありましたので、
花が咲いている枝を撮ってみました。
桜の花を見ると春が来たって感じがします。
今日は理学療法士と作業療法士の国家試験合格発表日です。
頑張ってきた皆さんの
さくらさくことを祈っています。
国家試験に合格してから、やっと療法士として勉強すること身に着けることができることが増えます。
おめでとうって言われたらゴールじゃなくて、
これからですよ。









