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相手に伝わることって?
2012年7月07日(土)
先日、妻が長男坊の宿題をみていて、ちょっとしたことがありました。
妻「言葉の使い方が間違ってるよ」
子「どこ?」
妻「”ぜんぜん” という言葉のあとには ”〜ない” という使い方をしないとね」
子「そんなことないよ。全然あるとかみんな言うし・・・。」
妻「・・・」
私「日本語をちゃんと勉強していない人もいると思うけど、それは間違っているよ」
子「大人や先生だって、使ってるよ・・・」
私「普段使っている言葉は、面白おかしくそうやって使うことがあるけど、
ちゃんとした日本語では、間違っているよ」
子「?? う〜ん」
私「・・・・・・今はまあいいわ、そう思うんならそうしとき」
「父ちゃんや母ちゃんはそういう風に使わないから」
(一語一句同じではありませんが、こんな会話でした)
全然・・・・という言葉ですが、
手元の辞書では、[まったく、まるで]であり、
決して、良い印象をさらに強調する言葉ではありません。
全然大丈夫、全然いける、全然おいしい、全然かっこいい・・・
どれも「とても」という言葉以下でしかないと思うし、
ちゃんと使う人にとっては、悪い方しか指さないのですが、
新語を使う人や世代には、とってもいいこととして扱われるようです。
さて、最近身の回りにおこる様々なトラブルを考えてみると、
「言った言わない」にすらならないくらい、言った方がわからないことがあります。
一昔前に比べて、若い世代は本当にいい子・いい人が増えたと思うのですが、
そんないい人の褒め言葉ひとつでも、日本語の意味が変わっていることで
嫌みやマイナスイメージを与えてしまっているということなのかもしれません。
自分が言った言葉のニュアンスが、正しく伝わらないという悲しいことが
そこら中で起こっているのでしょうか?
変化し続ける言語には勢いがある・・・とも言いますが、
いくら日本語が柔軟といっても、
先生が使っちゃうと・・・・どうなんでしょう。
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個性
2012年5月26日(土)
第3子が生まれて3ヶ月になりました。
首がすわり、偶発的な寝返りが度々見られるようになるなど、
日々どんどん成長しているなぁと関心します。
遺伝とは恐ろしいもので、上の2人の子と同じ頃と比べても、
見た目(特に顔や頭)はびっくりするほどそっくりなのですが、
どうやら、キャラクターはだいぶん違うようです。
第1子は、あまり動かずよく話す印象で、
第2子は、逞しくしっかりという印象でしたが、
第3子は、活発に動き回っているという印象です。
「氏より育つ」という言葉にあるように
生まれた後の育て方によって大きく差が出るとも言いますし、
遺伝的にも「蛙の子は蛙」なのでしょうが、
必ずしも同じようになる訳ではなく、
いろいろと一人一人違うことがあるものです。
なので、
「この子はこういう個性だから延ばしてあげよう」
親心で思うものの、なかなか良い関わりができず、
どの子にもにたような対応をしてしまうんですよね。
「人の気持ちになって考える」とか「人に合わせて対応する」とか
そういったことを職業柄、普段から配慮はしているのですが、
人の気持ちや行動に合わせることの難しさを日々痛感します。
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本当のことならいいの?
2012年5月23日(水)
患者さんと関わるとき、
嘘をついてはいけません。
では、本当のことならいいのでしょうか?
でも、私たちは出来ないことが有る人の訓練や指導をしています。
介護されている方も、出来ないことがある人の介護をしています。
その中では、
出来ていないことに対してコメントするので、
本当のことは、相手を傷つけることも多いです。
では、何を話すのか?
嘘ではないことを話します。
本当のことを伝わるニュアンスに気をつけてしゃべります。
だって、あなたが100点満点の算数テストで30点だったとします。
「あなたは頭が悪いから点数取れないんだよ!」 って言われたら嫌な気持ちになりませんか?
(もちろん、これで発奮して、次は100点とろうって思うかもしれませんが…何をしていいのやらって思いませんか。)
でも、
「あなたは掛け算が苦手だから、掛け算で失敗しているね。」 って言われたら、冷静になれませんか?
(もう一度、掛け算の何が出来ていないのか、教えてもらえば良いのかなって思いませんか。)
もしくは、
「いつも苦手な掛け算が、5問も出来てるじゃない。進歩だね。」 って言われたら少しうれしくないですか?
どれも本当のことです。
(点数に落胆してても、あれ?少し良くなってるじゃん。って思ったら、次は、もっと頑張って、また褒めてもらおうって思いませんか。)
次、頑張ろうって思う気持ちになれる言葉、
何に失敗したのか気づける言葉、
そして、傷ついて嫌になる言葉がありますよね。
患者さんやご家族と向き合うときは、
私はこんなことに気をつけてしゃべっています…いや、…つもりです。
誰だって、
前向きに取り組むことでしか、リハビリも出来ませんから。
その気持ちをつぶさないように、引き出すように、
でも、現実と向き合って、挑めるように促したいな....。
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受け入れられていますか?
2012年5月13日(日)
色々な場面で認知症の方と接している人たちを見ていると、
看護スタッフ、介護スタッフ、リハスタッフ、
ご家族、お見舞いの方…、誰にでも当てはまるように思う事があります。
認知症の方に、
いつのまにか受け入れられる方と、
いつまでたっても受け入れられない方が
いらっしゃいます。
これは、
別に丁寧だったから、頑張ったからって
受け入れられるとは限っていませんでした。
受け入れられたのは、
認知症の方と対等に関わっていた人
受け入れられなかったのは、
認知症の方にしてあげている感がでている人
どちらも、まじめに相手の事を考えていたのですが、
そして、どちらかというと、受け入れられた人の方が、
会話を文字に起こすと、相手にあまり敬意が感じられない事もあります。 (さらに…)
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日をおくと見えてくる
2012年5月09日(水)
妻が連休を取って、子供を連れて帰省しました。
私は、勤務の関係で、
京都の我が家で一人お留守番でした。
たったの4泊でしたが、
子供たちは成長した気がします。
まあ、実際成長期ですので成長しているんですが、
毎日見ても気づかない小さな成長に、少し日をおいてみたら気づくんですよね。
実際、お見舞いの方も同じです。
毎日つきっきりで来られているご家族は、良くなっていることに気づいていなくて、
「また、失敗して…。」って言います。
たまに尋ねてくるご家族が、
「お父さん、こんなにできるようになったんやね。」などと、言って初めて、
いつも付き添っているご家族の方が、
「前はそんなに出来てなかった?良くなってるんやな。」
っていう会話があったりします。
失敗は近くで居るとたくさん目に付きますが、
成長は少し離れたほうが見えてくることも多いです。
たまに来られる家族に様子を尋ねてみると、気づかなかったことに気づけるかもしれません。
そして、たまに行ったときには、ちょっとしたことでも気づいた変化を口に出して言って上げて下さい。
けっこう、喜ばれたり、驚かれたりすることあるかもです。
「すごいな前に比べて、○○が上手くなったね。」
ってね。
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なおる
2012年4月24日(火)
日々、患者・利用者さんと接する仕事をさせていただく中で、
「なおる」という言葉を使っておられる場面に多く出会います。
この「なおる」ですが、体をなおす意味では、「治る」と書きます
私の手元にある辞書で「治」という漢字単体の意味を引くと、
「乱れたものに手を加え、秩序をもたらすこと」ということが原義だそうで、
政治や治水など暴れる何かを押さえ込むような意味合いに使われます。
なので、本来の病を治すという言葉は、
乱れた心身に、医療や休養という手を加え、秩序ある状態にするということになります。
(ということは、勝手に体調がなおったとき、治ったと書いてはいけないのかもしれませんね)
一方、
同音異義語で、「直る」とも書けます。
同様に調べると、この「直」という漢字は、「まっすぐ」ということが原義だそうで、
転じて、まっすぐなこと、曲がったものをまっすぐにする、間違ったものを正しくする
という意味をもつそうです。
つまり、「治」「直」どちらにしても、「なおる」とは元通りになるという意味ではないようです。
そして、医療で使う「なおる」も、原義に近い意味で使うことが多くあります。
しかしながら、
一般に日常会話で使われる「なおる」は、元通りになるという意味のほうが多いように思いますし、
「治」「直」の両方ともに共通する意味「手を加える」が含まれないことも少なくありません。
「医療の常識は一般の非常識」とも揶揄されますが、こんな言葉の意味ですら、ズレがあるものです。
患者・利用者とその御家族と医療従事者の間でお話されるときには、お互いに、
「伝えられた言葉の意味をしっかりと理解する」、とても大切にしていきたいなぁと思います。
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こんなことって、けっこう大事 -方言-
2012年1月28日(土)
いきなりですが、
皆さんは地元で生活されていますか?
普段接する人は、地元同士でしょうか?
京都大原記念病院グループのリハビリでは京都出身は少数派です。
かく言う私も京都出身ではありません。
まだ新人の頃のことですが、
会話はできるものの、意思疎通がなかなかできませんでした。
会話はしているので、コミュニケーションはできていることになるのかも知れませんが、
リハビリテーションのためには、相互の共通の理解が重要だということもあって、
言葉として、正面から表面的に理解できていても、
言葉の意味や意図を知ることは案外難しく、
「えっ、そうなの?」と気付いて反省することもしばしばだった・・・と思い出されます。
そんな中で、
京言葉の意味やルールを教えてもらいながら、身にしみたことですが、
どの地方の方言にも特徴があって、
さまざまな表の意味や裏の意図があるということを忘れがちだなぁと。
それは、
標準語や自分の地方の言葉では理解できないような意味や意図かもしれないし、
都道府県民性を比較する番組などで取り上げられているような、びっくりすることもありますが、
もっと身近に小さなこともいっぱいある。
私の場合は、
ふいに京言葉が出てくるようになった頃から、利用者さんとの会話は弾むようになりました。
どんな地域で生活することになっても、
その地域の言葉に「慣れ、親しみ、使えるようになること」、
大事なことですね。
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コミュニケーションってむずかしい!!
2012年1月20日(金)
先日、職員対象に行われたスキルアップセミナーにオブザーバーとして参加しました。
このセミナーは現状の自分自身を振り返り、いくつかの理論で自己分析を行ないマネジメントスタイルを考える。そしてマネジメントスキルを向上させようというセミナーです。
一昨年に私自身も参加したセミナーで、講師の先生のお話を再度お聞きすることでこの一年ちょっとの間の自分自身を振り返ることが出来ました。振り返って感じたことは『コミュニケーションってむずかしい!!』ってこと。いろんな世代の人達と話をして共感出来る事がたくさんあったり、いつまでも平行線で交わることが出来なかったり・・・本当に難しいです。
私自身がアラフォー(?)と言われる年代になり、これまでの経験や人生の先輩から話を聞いて社会人として当たり前だと思ってきたことが通じないことも多々あります。数日前のブログに当院のリハビリスタッフの写真を出させていただいていますが、8割くらいが20代のスタッフです。ゼネレーションギャップを感じることも日常茶飯事!アラフォーの私が感じてたら、高齢者の患者様はもっとゼネレーションギャップを感じてらっしゃるかもしれません。
リハビリの効果を引き出すためにもコミュニケーションは大切なこと!これからもスタッフ全員がいろんな世代の患者様と信頼関係を築いていけるコミュニケーションを患者様の力を借りながら頑張っていきたいと思います。












