安全神話?①
2012年6月26日(火)
私たちの日々の仕事の中では、
「安全に○○できるように・・・」ということが話題の中心に挙がります。
患者さんや利用者さん、家族さんからも、
「安全に○○できるなら・・・」というお話をされることもかなり多くあります。
そんな話も、危ないことがない(それって100%の安全?)ということも・・・
さて、
皆さんは100%安全に歩けていますか?
年に1度くらいは滑ったり躓いたりして、転んだり体を痛めたりしません?
どんな元気な若い人や体育会系の人であっても、
滑ったり躓いたりして、転びそうになることもありますし、
街を歩いていて、気が付かないくらいの坂や穴や段差でも転びそうになりますよね。
それに、
誰だって、いくら注意深くしていても、
周りを見たり、話をしたり、急いだりで注意もそれるし、
明るくても暗くても、広くても狭くても、何かあっても無くても、気にすることは変わるし、
実際のところ、ず~っと気にし続けることってかなり難しいもの。
自分的には注意してると思っていても、
よそ見したり、歩きながら何かしたり、足元を見なかったり、考え事したり・・・
無意識でやっていることはいっぱい。
何も活動せず、何もする必要がなければ、
そういったリスクは激減し100%の安全に近づきますが、
「人間らしく」「その人らしく」「できるだけ」活動し、日々の生活していると、
老若男女や身体状況関係なく、
(十分注意しても)年に1度くらいは「あ~危なかった!」という場面は避けれません。
そんなとき、
たとえば、転びそうになったとき・・・・
転ぶのを止められるだけのバランスを保つ力があるか?
支えられなくても上手く転がれるか?
転んだときに受身が取れるか?
転んでも起きれるかどうか?
転んだら助けが呼べる状況か?
そんなことも、大事に至らないためにも重要なことです。
100%の安全に近づけるように努力してしまうと、
行動に制限をかけて、手伝ってもらって、仰々しい道具を入れて・・・
そんな制限された生活になりやすく、
その人らしい生活にはほど遠い状況が生まれ始めます。
人間らしく、その人らしく、
大切なのは、「危なくないように」ではなく、「安心できるように」・・・・ですね。
6/30 その②に続く