京都大原記念病院グループリハビリスタッフのあんなことこんなこと

あんなこと

遠藤

いろんな顔持ってますか?

2012年6月20日(水)

 

人には、いくつかの顔があります。

 

仕事で顧客と居る時、職場の同僚と居る時、

友達と居る時、家族といる時、見ず知らずの他人と居る時、
それぞれ違います。
そして、それぞれ違う自分を出せる瞬間があるんです。
逆に、それぞれに、違うことを我慢しています。
我慢し続けることはあまりいい結果を産みません。
家庭で介護する上で、真面目な方ほど自分がしてあげないとって、
一日すべてが、家事と介護で時間が埋まってしまいます。
これでは、家族と居る自分以外は出せなくなってしまいます。
それでしんどくなって、家族や自分にあたってしまいまい、
上手く続けて行くことができなくなります。
 
 
そして、もう一人家族と居る自分しか出せなくなった人が居ます。
それは介護が必要になったその人ですね。
 
 
介護する方の負担軽減の為にって、介護サービスを勧められると思いますが、
それは、同時に介護が必要な方の負担軽減でもあるんです。
 
 
デイケア(通所リハビリ)に勤務していた頃にも、
デイケア中は、柔らかな明るい人が、
帰りの送迎バスから降りると家の長として、キリリっとした表情になる人や、
家では、片付けひとつできないのに、デイケアでは世話好きだったりする人が居ました。
 
 
家族に見せる顔と、他人に見せる顔は違います。
そうやって、気持ちにメリハリつけたり、緩急つけているんですね。
 
 
介護する時、家にこもったきりにならないようにしましょう。
それは、あなたも、介護が必要なその人も。
 
 
 
それぞれに知らない顔は必要ですね。
 

こんなこと

岩崎

災害時における事

2012年6月19日(火)

昨日、災害時における医療の役割と題した講演がありました。

東北震災に活動された方であり、とても良い勉強をさせて頂きました。

要するに、震災に対応するのは

 

『理屈ではない』

 

常に応用問題の連続であり、マニュアル化は不能。

想定してしまうと想定外に対応出来なくなる。

いわゆる、ありのままを知覚し認識する事。

 

『災害』であるという状況を。

 

なかなか、言えない言葉であり思考です。

日頃から災害訓練等はするのですが、やはり経験された方のお話は

『生きた言葉』『実務に勝るものは無し』と痛感致しました。

 

支援にあたり、一番手で災害活動され、

幾度の苦難と幾度の悔しさを、またいつの日にかの喜びのために直面する現実に取り組み、

噛み締めて来られたんだと思いました。

この様な事が果たして私に出来るのだろうか、と思います。

刻々と変わる状況変化に対応

答えは一つと考えず臨機応変に対応

問題解決の連続に対応

 

しかし、

支援グループの阿吽の呼吸は

日頃のコミュニケーションと仲間意識でしょか。

 

これこそが一番の財産であると思います。

私は多くの仲間に囲まれています。

その様な環境です。

あんなこと

橋本

ブログの内容

2012年6月18日(月)

ある時、採用面接後に頼りなげで履歴書も満足に書けない学生だったので、不採用にしようと考えていたところ、係長の一人にこう言われました。

「確かに部長の考えているとおりの学生かもしれませんが、嘘も隠し立てもしない子ではありませんか」と。

その一言で採用に考えを改めました。正直は美徳などと言いますが、もっと実際的なものではないでしょうか。

誰しも不正直者を友人としたり、同僚としたくはないでしょう。何故なら信用できないから。人によって価値観それぞれですが私にとっては仕事に対する能力よりも正直さが優先されます。能力は磨く事も可能ですが、不正直者はいつまでたってもうそつきのままではないでしょうか。

報告というか失敗を語ることが何故大事かは「失敗したら」「失敗したら(続き)」にも書きました。うちの親分は都合が悪い話ほどさっさと報告しろと言っています。

 

時折わたしのブログの内容について「そこまで書くか」「そこまで言うか」等周辺からの意見を聞きます。確かにこれらのブログを読んだら、患者さんやご家族、就職を考えている学生さんにしても、当院に対してネガティブなイメージがわくかも知れません。

 

不利益になるようなマイナスな事を書けば、やっぱりそういうイメージを持つのも人情だと思います。

ですが、人による能力や意識の差、システムの欠陥によって、ミス、トラブル、不具合が生じるのは致し方ないことと思います。大事なのはそういう人やシステムの問題を把握していたのか、どう対策していたのか、起きてしまった事に対してどう対応したのかではないでしょうか。

 

ブログで小出しにしていますが、そういう京都大原記念病院グループのリハビリテーション部が抱える問題を提示して、それにどう解決したか、どう取り組んでいるのかを知っていただくのは、信頼を得るに大事なことだと思います。

 

次回私のブログは6/22です。

 

 

 

そんなこと

土井

ついてる?ついてない?

2012年6月17日(日)

先日、通勤途中に車で走っていると、

フロントガラスのあちこちに、いくつもの鳥の糞が落ちてきました。

走行中の車の上に鳥の糞が落ちてくること自体は珍しくないと思うのですが、

気候も良かったので、たまたまサンルーフを開けて走っていたこともあって、

かなりあせりました・・・。

後で車を見てみると、

ボンネットとか、天井とかは被害無く、フロントガラスだけ命中しており、

車内や自分の身も大丈夫でした。

「あぶなぁった~、たすかった~、運が良い!」

 

あれ?

これって、不運な話?それとも幸運な話?

 

そう思っていると、以前読んだ本を思い出しました。

その本によると、

たいしたことが起こらない

-> たいして都合は悪くない

-> それなりに思い通りになっている

-> すでにラッキー

ということだそうで、良いことや幸運はいっぱいあるそうです。

なのに、普段、何も無いときには、

かなり都合の良いことが起こらないと良いと感じにくく、

少しの不都合でも悪い印象をもちやすいそうです。

また、逆に都合の悪い状況が覚悟される時には、

少しでも良い方向に向かうと良い印象をもちやすい。

 

最近耳にする幸福論に近い話かもしれませんが、

やっぱり平穏な日々というものは有難いもので、

日々の小さな「幸」や「運」に気づいて感謝しよう、と感じた朝でした。

こんなこと

遠藤

たったこれだけ…だけど

2012年6月16日(土)

皆さんは、普段の日常で動作を意識したことありますか?
こう聞かれたら、どうですか?

 

「いつもどうやって寝返ってますか?
 頭からねじっていますか?
 足からですか?
 それとも腰からですか?
 いつもと同じように寝返ってください。」

 

こう聞かれると、真面目な方は、
あれ?どうやっていたかしら?
頭から?足から?腰から?…。
困ってしまいます。

 

それぐらい意識していない動作はいっぱいあります。
そして、必ず同じ動作方法ではないだけに、いつもが分からなくなります。
本当はいつも同じようで違う動作なんです。
その時々にあわせて体を使うことができる人は、その日の調子や、場面に合わせて動作を変えています。
いつも同じ動作ではしませんし、それをあまり意識しません。

 

しかし、体が不自由になると、成功する動作方法は限られて、
タイミングや力のかけ方も意識していつも同じようにする必要が出てきます。
そして、それらをやっとできるようになった人は特に大変です。

 

ほんとに少し、環境が変わると出来なくなったりします。
介護するとき注意することの一つは、環境を変えたら注意することです。

 

今まで出来ていたはずの人が失敗するかもしれません。
私たちからしたら「たったこれだけ」のこと(色違い、硬さの違い、高さの違い…等々)でも、
ご本人の動きのタイミングや力がずれるきっかけになったりします。

 

私たちと違って、場面に合わせて体の動きを変えているのではなく、
いつもと同じように体を動かしているのですから。
いつもと違う環境に合わせる事はとっても難しいのです。

 

たったこれだけ…だけど…いつもと違うのは違うんです。

 

でも、たったこれだけと思うのはご本人も一緒ですから、失敗すると思っていません。
だから、外出して「もう、できるから」って言って、自分でして失敗するのは仕方ないんです。
そういう時は、失敗しても大丈夫なように見守ってあげてください。

 

さあ、あなたはいつもどうやって寝返っていますか?

そんなこと

土井

たゆまぬ努力

2012年6月15日(金)

3ヶ月半になる第3子ですが、

寝転がせるとすぐに、寝返りをしようと頑張っています。

それも、女子テニスのシャラポアやアザレンカのように、

「んう”あ”っ!!」「あ”ー!!!」と声を出しながらチャレンジしています。

 

あんまり苦しそうなので、

泣き出す頃に手伝ってあげるのですが、(といっても、最小限の刺激や誘導ですが)

どうも手伝ってもらって寝返るのは不本意らしく、

それはそれで「わーわー」となんやら訴えています。

今週から、座布団などの段差を使うと、

そのうちに上手くうつ伏せに転がれるようになったのですが、

そのときには機嫌がいいことを思うと、自分でやりたいのでしょうね。

 

毎日、目に見えて進歩するので、

「もうこんなになった?すごいなぁ!」と驚き、

「あとちょっとや、がんばれ!」と応援する毎日なのですが、

さて冷静になって考えてみると、

「大人って、すぐにはできないことを毎日毎回頑張ることって、ほとんど無いなぁ」と。

そして、

人手を使って目的が達せられる場合や、仕方が無いことにできる理由がある場合には、

諦めもはやばやと・・・ということの方が多いかもしれません。

なんなら、

上手いやり方をなんとか人から手に入れよう・・・って、砂上の楼閣?

 

自分で工夫し、自分で動いて、何回もチャレンジして、できるようになる

 

なにかやり遂げたいことがあるなら、

中途半端な知恵や教えよりも、赤ちゃんと同じくらいの努力をしないと・・・ですね。

こんなこと

高岡

楽しい時間

2012年6月14日(木)

先週末の新聞に昨年10月、84歳で亡くなった北杜夫さんの長女 斎藤由香さん(エッセイスト)の記事が掲載されていました。

『ケアノート』のタイトルで斎藤さんがリハビリを通じて晩年の北杜夫さんの健康を支えていらしたときの事が書かれたものです。

 

記事によると、

お父さんである北杜夫さんが大腿骨を骨折したことで入院し、『退院後は立ち上がるのがやっと』という状態に。

『このまま寝たきりになったら大変』と娘の斎藤さんはリハビリに目覚め、インターネットで高齢者の転ばない方法を調べたり、良いと思った体操は全てやり、北杜夫さんも自分の時間全てを費やしてくれる娘の期待に応えるべく、ハードなリハビリにも耐え、杖もつかずに歩けるようになり、ご家族でいろんな所へ出掛け親子の楽しい時間を過ごされたそうです。

 

リハビリの仕事に携わる立場からすると・・・(骨折の状態や入院中の状況はわかりませんが)入院中のリハビリはどうだったんだろう・・・ケアマネージャーは・・・退院後のケアプランはどうだったんだろう・・・と思うこと、考えることがたくさんあります。

 

当院のリハビリの目的である

『自立支援』

『介護負担の軽減』

『安心の提供』

もし、北さんが当院に入院されていて、自宅に帰られていたら・・・

娘である斎藤さんはもう少し自分の時間を持てたかな・・・とか、

北さんはもう少し楽に在宅生活が送れたかな・・・とか、

 

実際にそうなっていたかどうかは何とも言えませんが、

入院されてくる患者様が安心して自宅に帰ることができる病院でありたいです。

あんなこと

岩崎

清掃作業

2012年6月13日(水)

臨時清掃作業のお知らせ

そろそろ、海開きならぬ琵琶湖開きに向けて

今回の清掃目的:ゴミの回収

 

東京スカイツリーがオープンされました。

『一度は肉眼で拝見したいものです。』

そのニュースの中に、

 ゴミは持ち帰って頂きます様にお願いします。

 花を持ち帰らない様お願いします。

 夜間大騒ぎを控えて頂きます様お願い致します。

イベントに付き合せられる地元住民が映し出されていました。

 

私の所も季節限定イベントのための清掃です。

その地元住民と同じ気持ちになり、同じ事を皆様にお願いしております。

※お断わり:私は関係者ではございません。ただの住民です。

同じ話を一つ

昨年、ある住民の自宅敷地内の花壇はグチャグチャで鉢の方はお持ち帰りされていたそうです。

時より散歩して眺めています。

よく花の手入れ(肥料に草引き水遣り)され、目を楽しませて頂いておりました。

※花を持ち帰らないでください。

 

それだけではなく、道路にゴミも散乱していたそうです。

この様な状態で怒るなと言われても・・・。

 

イベントを楽しむ事は大切だとは思います。

その後、片付ける身にもなって下さい。

※イベント関係者の方々も清掃に協力はされてはいます。

 

イベント優先であとは知った事じゃないなんでしょうか?

嫌な事汚い事は他人事、楽しい事綺麗な事は自分事なんでしょうか?

 

やはり、日頃から掃除をしたことがないのでしょうか?

日頃から掃除をすると、汚した後の後片付けの大変がわかるのでは??

 

だだ、日本人のわびの精神は他の国にないものであり、すばらしい財産であると思います。

大切にしてもらいたいものです。

※今年こそこの様な事がない様にお願いしたいものです。

こんなこと

土井

回復期リハビリテーション病棟で働きませんか

2012年6月12日(火)

医療職や福祉職と呼ばれる職業には様々あります。

医師、看護師・・・社会福祉士、介護福祉士・・・・

国家資格を有する職種から、

民間資格が必要な職種、資格として確立していない職種、

その施設独自の役割などなど、様々な方が働いています。

そして、どの人にも専門分野があり、職域があります。

しかしながら、

その自分の専門とされている役割と知識だけで行動していると、

患者さんや利用者さんにとって必要な全ての領域をカバーすることはできません。

どうしても、余白が生まれてしまいます。

 

この余白ですが、

病気や怪我に対して対処するには、それほど問題にならないことがほとんどです。

しかしながら、

「できるだけ家に帰れるように」

「できるだけ介護負担がないように」

「1日でも長く在宅や社会生活を」

ということになると、

その余白も含めた総合的な援助が必要になります。

そして、このことは

回復期リハビリテーション病棟や在宅領域では、重要な要素であり、

ずっと前から、積極的に「チームアプローチ」として取り組まれています。

お互い頻回に話し合い、

今大事なことが何で、今何をやるべきか、何がもれているかを考え、

現実に即したスタンスで、必要なことを役割分担しています。

当然ながら、

専門職として自分の専門領域の高度な技術を持たないと成り立ちません。

 

回復期リハビリテーション病棟では、

日々のリハビリテーションにスポットライトが当たっているように思われがちですが、

栄養や体調管理など、しっかり運動できるような環境作りや

ある程度できるようになったことを病棟生活に生かす支援、

そして何より

普段の生活に必要なことについて、解決できるように支援することが、もっとも重要です。

このためには、

各職種の専門的な技術だけでなく、

実際の生活につながるケアや援助を実践するという+αが求められるのが、

回復期リハビリテーション病棟の仕事です。

 

どの職種でも、かなり手ごたえを感じる仕事ではないでしょうか?

へんなこと

橋本

コンプライアンス

2012年6月11日(月)

コンプライアンス【compliance】

〔補説〕 命令に従う意  [1] 法令遵守。特に、企業活動において社会規範に反することなく、公正・公平に業務遂行することをいう。以下略 大辞林(三省堂)

 

2012/4/10のブログで「全体ミーティング」を軽く紹介しましたが、私がどんな事を喋ったのか書くのを忘れていました。

私はコンプライアンスなんて考え方は百害あって一利なしと考えます。何故なら法令遵守と言葉は厳しいですけど、要は「法律は守りましょう」ということですし、そんなことは「当たり前」であって個人であろうが企業であろうが殊更に強調するようなことでも自慢げに話す事でも、行動規範として改めて言う事でも念押す事でもないでしょう。

 

個人や組織の理念や行動は法令よりもどれだけ高みにおくことができるかではないでしょうか(法律ぎりぎりという表現は尊敬される行いにはされませんよね)。褒められるべきは法令を守るかではなく、法令の規定よりも高いレベルに理念をおいて行動することでしょう。

 

それをコンプライアンスという名の元に行動するということは、法律を破るか破らないかの検討をする事に他なりません。

最近は企業の違法な行為がいろいろと問題となっていますが、それも法令遵守か否かと法令ぎりぎりのところで行動するから破るんです。きちんと高い理念を持ってやっていれば、法令なんて気にする事もなかったでしょう。

そもそも法令遵守ではなくコンプライアンスと横文字で言い出したところが曲者で、欧米の理念なき営利第一主義をまねたと言う事でしょう。何千人もリストラしてなお数億から数十億の報酬を得て、なんら恥じない経営者を見ていると如何な合法的とはいえ日本人として釈然としない人が少なからずいるのも当然でしょう。

 

今日本で問題となっている生活保護の問題も、法律に則って生活保護を受けるという考えではなく、生活困窮している場合に生活保護を受けるという理念に則っていたら、これほど騒ぎになることもなかったでしょう。

そもそも生活保護の理念からは隔たりがあるから騒がれているということが、法的に問題はないと言い張る人たちには理解できないでしょう。

 

とは言え病院といえども赤字運営は許されません。

ですが法令遵守という枠組みの中で健全運営をしてれば良しではなく、より高い理念の中で健全運営を目指そうとかそんな話をミーティングの中でしてみました(勿論生活保護問題はその当時話題になっていないのでしていませんが)。

 

次回私のブログは6/18です。

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