一本の映画
2013年1月02日(水)
さて正月2日です。
初夢は如何でしたか?
私は年末から抜け出したマッタリした年始より、喧騒の師走の雰囲気が好きです。
テレビも年末は結構見るんですけど、年開けると退屈に感じます。
昨夜も帰宅後目を引くテレビがなかったので、年末見た映画をもう一度観ました。
「荒野の決闘」。原題は「My Darling Clementine:愛しのクレメンタイン」ですから、随分と勇ましくも無粋なタイトルになってしまってますが、史実にあるOK牧場の決闘をクライマックスに持ってきていますから、仕方ないのかもしれません。
西部の街の日常を描き、所々にワイアット・アープのクレメンタインに対する気持ちを小出しにしながら(親友ドク・ホリデイの彼女だった?からあからさまにはできないんでしょう)、決闘と別れまでが筋立てです。
ともかくラストの別れの言葉が印象に残ります。
Ma’am,I’m sure I like that name,Clementine.(台詞は翻訳修業中の嫁さんに聞き取ってもらいました)
「(私は)クレメンタインという名前が好きです」(これは字幕スーパー)
字幕でもなんとなくワイアット・アープのやるせない気持ちが伝わりますが、”Ma’am”は会話の流れから考えると奥さんじゃなくて「先生」といったところで、クレメンタインの女性を意識していないことを言いたかったのかも。
”your name”でいいところをあえて”that name”としたのも、胸のうちは明かせないけど、でもやっぱり言っておきたい。そんな気持ちが伝わってくるようです。
時代背景や二人の関係を考えても、万事ストレートな印象のあるアメリカ人が、こんな回りくどい言い方を?とは思いましたが、私の偏見でしょうか。役者によるところもあるんでしょうね。ワイアット・アープ役をヘンリー・フォンダじゃなくてジョン・ウェインだったら「おらぁ、俺についてこいや」ってな感じになるんでしょうね、やっぱり。
時に男女の仲と同じように持って回った言い方になるのが、利用者さん(患者さんとご家族)とわれわれ医療機関の仲ということになるのではと思っています。特に患者さんやご家族の側からすると病院に入院させて「もらっている」という意識からか、何か言いたいことや不満があっても遠慮があってなかなかストレートに言えないか、言わずに我慢してしまうと聞きます。
入院中の利用者さんはそうなるんでしょうけど、外来の利用者さんはどうなるんでしょうか。不満を言ってくれるだけありがたいことですが、そうでなければ黙って違う医療機関に鞍替えでしょう。
結局なかなか利用者さんの不満や不安は私たち医療機関の者には届きにくいってことです。
そういう利用者さんの立場を理解して、私たち医療人は言われずとも意を汲めるようになれればいいんでしょうけど、男女の仲と同様なかなか難しいようで…。
とにかく意中の異性がいる人は一度使ってみてもいいかも。
「私は〇〇という名前が好きです」
ちなみにClementineは調べてみるとフランス語で柑橘系の果物の名前のようです。
日本ならさしずめ「みかんちゃん」と言ったところか。
次回私のブログは1/11です。